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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1349

杉本は記者発表の中継が終わるとテレビを消して出かけることにした。行き先は龍山(ヨンサン)区にある国防部だ。おそらくトミタ少佐は国防部とは道路を挟んで向かい側の龍山基地の在韓アメリカ軍司令部に宿泊しているはずだ。であれば基地に入る前に接触を図らないと連絡を取るのは難しくなる。龍山区はソウル駅もある中心地なので足には不自由しない。
杉本が国防部の正門前から中を窺っていると龍山基地から夕方の国旗降下のアメリカ国歌「スター・アンド・ストライプ・バナー」が流れて間もなく中央玄関から白い半袖の軍服を着た女性が出てきたのが見えた。アメリカ軍の公務の移動は基本的に軍用車両だ。杉本はアメリカと同様に右側通行、左ハンドルの韓国の交通事情を考え、トミタ少佐の目に入りやすい正門の右側で待つことにした。すると間もなく迷彩服の兵士が運転するアメリカ軍のライトバンが出てきて助手席に白い軍服の女性が乗っているのが見えた。やはり少佐ではドライバーの後ろの席に座るVIP待遇は受けられないようだ。
ライトバンが公道に出る前に一時停止するのに合わせて杉本は歩み寄り、驚いたように転倒した。その時、車体を手で叩いて大きな音を立てた。
「グウェンチャン・エウルッカ」「アー・ユー・OK」すると衛兵とライトバンから下りたドライバーが歩み寄り、座ったままの杉本に韓国語と英語で「大丈夫か」と声を掛けてきた。
それに杉本は「グウェンチャン・ア」「シュド・ビー・ファイン」と韓国語と英語で「大丈夫だ」と答えて立ち上がろうとしたが痛そうに腰を下ろした。これは言うまでもなく演技だ。
「大丈夫ですか」そこに助手席からトミタ少佐が下りてきた。トミタ少佐は制止するドライバーには構わず膝をついて様子を確認する仕草をみせる。これで目的は達した。
「腰を打っただけで大事ありません」杉本は英語で説明した後、顔を近づけたトミタ少佐の耳元で「2時間後にソウル鉄道公社の時計台の前で」と日本語でささやいた。その瞬間、トミタ少佐の目に赤い炎が点ったのが判った。
ソウル駅には鉄道公社と空港鉄道の駅舎があり内部ではつながっているが入口は分かれている。時計台のモニュメントがあるのは鉄道公社の駅舎でも東口ではなく正面入り口だ。
「お待たせ」今日もトミタ少佐は遅れてきた。予定外に記者発表に出て質疑応答を受けることになったことを司令部に報告するための時間的余裕を考慮して2時間後と伝えたのだが、まだ足りなかったようだ。その割に化粧は念入りなので本当はこちらに時間を掛けたのかも知れない。
「うん、今日の記者発表はテレビで見ていたよ。急な出演で驚くかと心配していたけど流石はアメリカ合衆国海軍のサンディ・クミコ・トミタ少佐だ。立派だったよ」杉本の誉め言葉にトミタ少佐ははにかんだように笑った。このはにかみが日本人女性特有の感性らしい。
杉本は韓国政府の公式発表が近いとの情報を受けてこちらに来てから安楷林(アン・ヘリム)のマンションに連泊して毎晩のように抱いているが、日本人としての感性を色濃く残すトミタ少佐には不思議な郷愁を覚えている。
「君は夕食は」「それが国防部の海軍連絡官と基地の食堂で会食することになって済ませてしまったの。ごめんなさい」「それじゃあ、俺が食べるのを見ながら酒でつき合ってくれよ」「はい、よろこんで」杉本の提案にトミタ少佐は安心したようにうなずいた。そんな平静を保っている様子を見ながら杉本は心の中で首を傾げていた。
服用させることで性欲を劇的に高める媚薬は別として性器に吸収させた官能剤は後遺症的に効果を持続し、それが体内に入った直後に快感を与えた相手に接触するだけで興奮状態になるはずだ。郷愁を味わっている場合ではなくなった。今夜はそのために予約しておいたホテルで確認しなければならない。杉本はトミタ少佐の手を取ると宿泊するホテルへ向かった。
ホテルのロビーに面したレストランに入って杉本は韓国料理のセット・メニューを頼んだ。韓国のホテルのレストランも海外からの客に合わせて各国の料理を揃えているが、日本ほど本場志向が強くない上、自己主張が強い国民性のため味つけが微妙に違うとの悪評を耳にすることも多い。ならば逆に海外に誇示したいはずの韓国料理を頼む方が賢明なはずだ。
「やっぱりクミコも女性としてダイエットを気にしてるのかい」「軍人としての勤務や訓練に必要なカロリーは取るようにしているけど毎日体重計には乗ってるわ」アメリカ軍では肥満の将兵には階級に関係なく罰金を科していることは聞いているがトミタ少佐は関係ないだろう。考えてみれば本間も一応は女性自衛官のはずだが貧相と思えるほど細身だ。その点は他国の女性の軍人とはどこか体質・気質が違うのかも知れない。これは官能薬の効果とは別件だが。
そこに杉本の料理と一緒にバドワイザーの小瓶が運ばれてきた。トミタ少佐はそれを取ると栓を開けて顔の前に掲げてから一口飲んだ。
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  1. 2018/10/22(月) 10:27:39|
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