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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1350

食事が終わればバーに移動して酒を楽しむのが中年カップルのデート・スケジュールだ。これはそのまま肉体関係に発展しても「酔っていた」と言う弁明を成立させるために必要な手順でもある。しかし、杉本にとってトミタ少佐との関係に弁明の必要はなく、むしろ性行為のための部屋へ行く前に官能剤の効果を確認する目的があった。
「今日の酒は何にしようか」「前回はアメリカのボウボンだったから今回はイギリスのスコッチかフランスのブランデーってところかしら」カウンターの席に着くとバーテンダーが回ってくる前に相談を始めた。周囲には親密な中年カップルに見えるはずだ。
「ネルソン提督の遺骸を漬けたのはラム酒だったよな」酒を選ぶのにも海軍のネタを振るのは杉本なりの気配りだ。案の定、トミタ少佐はウンチクを傾け始めた。
「それでラム酒のことを『ネルソンの血』って呼ぶようになったって言われているけど実際はブランデーだったみたいよ。戦艦・ヴィクトリーの記録にも『ブランデーって書いてある』って王室海軍の士官から聞いたことがあるわ」この盛り上がり方であればデートとしては上出来だが、もう1つの懸案である効果の確認からは遠ざかってくる。
「そう言えばジョン・ポール・ジョーンズ提督(=アメリカ海軍の名将)の遺骸もアルコホール漬けだったんじゃあなかったか」「記録上はアルコホールとしか書かれていないみたい。パリで死んでいるからこちらもブランデーかも知れないわ。遺骸はアナポリスに埋葬されているから調べれば判るんだけどそこまでする必要はないようね」このまま盛り上がってくるようでは「官能剤の後遺症的効果はない」と判断せざるを得なくなる。
そこにバーテンダーが来たのでグラスのブランデーを注文した。銘柄は日本では贅沢な高級品のイメージがあるレミー・マルタンだ。前回は金浦市に長期滞在する予定だったためボトルをキープしたがソウル市内のホテルに宿泊するのは特別な夜だけだ。
「それにしても公式発表の場でアメリカ海軍の潜水艦が原因じゃあないか何て言い出すとは滅茶苦茶な連中だな」いきなり仕事の話題に変わってトミタ少佐は戸惑った顔をした。記者発表で即意答妙な対応を見せた有能なスポークスマンとは別人のようだ。
「この国のマスコミは自分の主張のために情報を使うだけだから事実も利用価値だけで選択するし、歪曲変造も当たり前なのよ」「それは日本も同じだし、アメリカも大差ないじゃあないか」雑誌記者であるはずの杉本のマスコミ批判にトミタ少佐は黙ってしまった。
「ところで今日の記者発表の質疑応答で言っていた『韓国の平和を維持するために日本が果たしている貢献』って具体的に何のことだい」これはトミタ少佐の仕事を見ていたことを証明するための質問だ。するとトミタ少佐は少し誇らしげな顔になって口を開いた。
「我が在韓アメリカ海軍は第7艦隊隷下の第78任務部隊でもあるの。だから艦艇の整備は日本の基地で日本の優秀な技術者が行っている。消耗品以外の補給物資も韓国製ではなく日本で調達しているのよ。勿論、そんなことは韓国国内では言えないけど空軍や海兵隊も軸足を日本に置いていることに変わりはないわ」ここまで話した時、バーテンダーがグラスのレミー・マルタンとチェイサーの氷水を置いて行った。そこで今回は英語で「チアーズ」と乾杯した。
それにしてもブランデーは手のひらで温めて香りを楽しみながら飲むと言う作法は本当なのだろうか。この室温であればグラスを近づけるだけでむせるような甘い香りが鼻を突く。手で温めてしまうよりもチェイサーで冷えて冴えた口にブランデーを少し流し込んで舌を痺れさす方が杉本の好みだ。トミタ少佐も同じことをやっているから作法違反ではないようだ。
30分ほどかけてグラス1杯のブランデーを飲み終えると2人は席を立った。ホテルのバーで飲んでいたのでフロントに行かなくても部屋のカギは持っている。そのままエレベーターで今夜のダブルの部屋へ向かった。ここからが効果を確認する手順の最終段階だ。
エレベーターの壁にもたれながらトミタ少佐は視線を床に落としている。このホテルにはエレベーター・ボーイがいるので何もできない。杉本も少し離れてトミタ少佐の横顔を眺めていた。
部屋に入るとそのままベッドに突き倒した。そうしてサマ―・ジャケットを脱ぐと上に重なる。
これで燃え上がらなければ「効果はない」と判断し、もう一度試みなければならない。
「強引なのね・・・」唇を塞がれる前、トミタ少佐はかすれた声で呟いた。唇を舌で押し開き歯茎を愛撫しながらブラウスの上から乳房を掴んだ時、トミタ少佐の反応が変わった。腕を首に回し、強く抱きついてくる。鼻息が荒くなり、差し出している舌に風が当たる。
「早く抱いて、激しく狂わして」唇を話すと潤んだ目で見詰めながら猥雑な言葉を口にした。その顔からはアメリカ海軍少佐の面影は消え、欲望が燃え上がった1人の中年女性が現れている。その瞳に点った赤暗い炎を見て流石の杉本も一瞬、背筋に冷気が走った。
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  1. 2018/10/23(火) 10:12:28|
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