FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1358

翌朝、あかりは家にいるのと同じ時間に起き出して台所へ向かった。台所では祖母と母が朝食の支度を始めたところだ。
「おはようございます」「あかり、早いのね」「今日は私たちが用意するからユックリ寝ていなさい」祖母と母は視覚障害者のあかりが慣れていないこの家の台所で働くことに不安も感じているため近づく前に制止した。
「うん、お母さんは仕事だから忙しいのよね。私がいたら邪魔になるから今日は甘えさせてもらいます」そう言ったあかりが手でテーブルの椅子を探したので祖母が引き出して座らせた。
「伯父さんのお墓に持っていく御馳走は」「伯父さんが好きだった料理を作っていくんだよ。材料は切って下ごしらえまでしてあるから後は焼いたり揚げたりするだけ」あかりの伯父=梢の兄の恵昇(けいしょう)は東京の大学の卒業直前に交通事故で亡くなった。そのため本土の料理も好きだったようで祖母と母は料理の幅が広がったらしい。それはあかりも島ナイチャアである淳之介の妻として大いに役立っている。
「あかりは何時に起きて朝食の準備をしてるの」「時間がかかるから早起きなんだろうね」昔から祖母と母は質問が連続技になるが、その呼吸は同居を再開して益々絶妙になったようだ。
「ううん、今朝起きてきたくらいだよ。淳之介さんは出勤が早いけど朝はあまり手が掛かるオカズは食べないの」石垣島では味噌汁は夕食の時に作っておいて朝は温めるだけだ。オカズも淳之介は生卵が好きなので手を加えることはない。おまけに父から習って自家製納豆まで作っている。
それにしても昨夜の祖父と淳之介は妙に盛り上がり、何時もよりも深酒していた。小型船舶の操縦と自動車の運転の免許には直接の関係はないが酒気帯び運転で捕まるのは困る。多少は遅れても目を覚ますまで寝かせておいた方が良さそうだ。
昼前に首里郊外にある安里家の墓に参った。今日は清明祭の当日だけに公園墓苑は家族連れで混雑している。本来、学校の公休日ではないのだが、どう見ても児童・生徒なのが明らかな子供たちも家族と一緒に掃除をしたり、神妙な顔で手を合わせて祈っている。やはり学校も祖先供養を尊ぶ沖縄の伝統を認めているのだ。
祖父と淳之介は墓石の屋根や側面を水で洗って雑巾で拭いている。公園墓苑は建売住宅のように墓石も設置した状態で分譲したので沖縄の墓としては必要最小限の大きさだ。一方の祖母とあかりは前に敷いてある石畳の目地から生えている草を抜いて行く。あかりも手で撫でながら草を見つけている。あかりにとってはこの作業をすることに意味があった。
それが一段落すれば祈りの時間になる。先ず祖父が沖縄の板状の線香を焚いた。花は昨日、梢が生けた花がまだ新しいのでは水を換えるだけだ。まだ温かい料理を供えるとレジャー・シート(安里家では御座ではない)を敷き、そこに祖父母、淳之介とあかりの順番に並んで座り、祖父の号令で一斉に手を合わせて頭を下げた。するとあかりが小声で唄い始めた。
「赤田首里殿内(あかたすんどぅんち) 黄金灯篭提げて(くがにとぅろうさぎてぃ)・・・」これはあかりの名前の由来になった首里の子守唄だ。確かに坊主である父も「御詠歌として唄っている」と言っていたが、やはり祈りを終えてからにするべきだろう。
「突然にどうしたんだ」淳之介は怪訝そうに顔を向けている祖父母の視線に促されてあかりに声をかけた。あかりはサングラスを外した顔を正面に向けて誰かに聴かせているかのようだ、
「・・・うかきぶしぃみしゅり 弥勒世果報。私にこの歌をリクエストしての貴方じゃあないの」あかりは淳之介に声をかけられて2番の終わりまで唄ったところで返事をした。
「あかり、どうした」祖父は祖母と淳之介の影から頭を突き出して声を掛けてきた。
「若い男の人がこの歌を唄ってくれって頼んだの。でもそれは淳之介さんの声じゃあなかったみたい」あかりの説明に祖父と祖母は顔を見合わせた。
「はい、貴方は誰ですか」またあかりが不思議な言葉を口にした。どうやら祖父母と淳之介には聞こえない声があかりには聞こえているらしい。
「恵昇さんって伯父さんでしょう。はい、梢の娘です」あかりの独り言は会話になっている。ヒョッとして亡くなった伯父の恵昇と話しているのかも知れない。
「伯父さんって淳之介さんと同じくらいの年頃なんですね。はい、22歳です」こうなると普通の人間は黙って聞いているしかない。ところが祖母はあかりの方を見て大声で話し掛けた。
「恵昇、ここにいるのかい」「伯父さんが『はい、います』って」あかりの返事を聞いて祖母が身を乗り出したため間に座っている淳之介は遠慮して後退さった。この理解不能な情景に祖父と淳之介は顔を向け合って首を直角に傾げた。
スポンサーサイト



  1. 2018/10/31(水) 10:25:21|
  2. 夜の連続小説8
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<振り向けばイエスタディ1359 | ホーム | やはり陸上自衛隊高等工科学校は国際法違反だ!>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/4983-009b1a4b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)