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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1359

「まさかお前と話ができるなんて思っていなかったよ」「伯父さんが『僕も』だって」あかりは伯父と祖母の通訳になっている。そんな不思議な光景を淳之介と祖父は怖い物を見るような顔で眺めている。祈りは中断したまま終わってしまったらしい。
「それにしてもどうしてあかりと話ができるようになったんだい」この祖母の質問にあかりも同感と言う顔をして声がする正面を向いた。
「えーッ、そうなんですか」するとあかりは通訳の前に意外そうな叫び声を上げた。恵昇の答えは余程意外なものだったようだ。
「はい、はい、判りました」3人には聞こえない会話であかりは納得したようで、淳之介が譲った隣りの席に座っている祖母の方を向いて説明を始めた。
「生まれつき私には伯父さんの世界に人たちと話す力があったみたいです。それがこの間、東北に行って蔵王山から吹き下ろしてくる風で魂が浄められて伯父さんの言葉が直接胸に響くようになったんだって」確かに東北へ行った時、あかりは大自然の声を聞くようになっていた。坊主の父も「東北の大地と沖縄の離島は佛神と人間が共生している土地だ」と言っている。こうなると淳之介も納得するしかない。
「伯父さんがそろそろ食事にしよう。僕も一緒によばれるからって言ってます」あかりの通訳に祖母はあふれ出た涙をズボンの腰ポケットから取り出したハンカチで拭い、ついでに鼻をかむと立ち上がって供えてある弁当箱を持ってきた。沖縄の清明祭では一族の団結と繁栄を祖先に見せるため墓前を盛大な宴席にし、通りがかる人に酒や御馳走を振舞う。しかし、安里家の墓に葬られているのは恵昇だけなので余計な見栄を張る必要はない。地味な会食になった。
「恵昇、好物が並んでいてもお前は食べることができないだろう」小皿に料理を取り分けてから手を合わせると祖父が1人分の席を設けた場所に向かって話しかけた。
「はい、はい、伯父さんが腹がないから食べなくても大丈夫、気持ちだけで幸せな気持ちになれるって言ってます」あかりは淳之介が渡した小皿の料理を食べながら通訳した。
「ふーん、死ぬって言うのは魂が肉体から離れることなんだな」伯父の言葉に祖父も納得したようだ。この話を聞いて淳之介は父が語っていた「葬儀の意義」を思い出した。それは中学校の友人が亡くなって葬儀に出席した時、父に「どうして葬式をするの」と質問したのだった。
それによると「人間の苦痛の大半は肉体が原因で、死ぬことでそれから離れれば魂は空虚な開放感の中に放り込まれる。そこで魂は苦痛が消え去っても支えるものを失った不安に怯えているはずだ。だから魂に佛の教えを説き、迷いを除いて正しい道に導くのが葬儀なのだ」と言う。
淳之介も父の死生観については軍人・自衛官と言うよりも武士のものだと畏怖しているが、今日は死んだ伯父がそれを証明してくれたようなものだ。
「これからは話したいことができたらあかりの頼むことにするからよろしくな」「駄目です。プライバシーを守って下さい」相変わらず恵昇とあかりの会話は弾んでいる。それは健常者が目で見ている世界とあかりが感じ取っている存在の違いのようなものかも知れない。
午後も夕方近くなって南城市の玉城家に到着した。こちらの祖父は清明祭でモンチュウと飲み、酔い潰れていた。日出子伯母、夕紀子伯母は夫の家の墓参で手一杯、浜松基地で勤務している松真叔父はゴールデン・ウィーク後の仕事開始なので休暇が取れなかったらしい。
「淳之介もあかりも元気そうで安心したさァ」玄関で出迎えた祖母は優しく声をかけた。
「今日は先に安里の清明祭に行かせてもらってすみませんでした。と祖父母と母も言っていました」祖母の声を聞いてあかりが挨拶をした。やはり廊下を歩いてくる足音だけでは人物を識別することは難しいようだ。すると淳之介は2つのスポーツ・バッグを玄関に置いた。
「今から2人で墓参りに行ってくるよ。やっぱり清明の当日に参らないと申し訳ないだろう」「でも疲れているんじゃあないの」「大丈夫です」祖母の懸念にあかりが答えた。確かに清明祭を終えてからモンチュウの女性たちが片づけているから今行けば本当に参るだけですむ。そこで祖母は座敷の小物入れから線香とライターを持って来て淳之介に手渡した。
玉城家の墓所はモンチュウの家が建ち並ぶ高台の裏手にある。どの家の住人も酔い潰れているようで門前を通っても誰にも会わないですんだ。
「わァ、こっちは賑やかね」玉城家の亀甲墓の前に着くとあかりは嬉しそうに声を上げた。どうやら先祖代々がモンチュウのもてなしを受けて喜んでいるらしい。
「ご先祖さま、遅くなってスミマセン」「スミマセン」淳之介が家から汲んで来たバケツの水を墓前に注ぎ、あかりに持たせてきた線香を焚いて合掌すると声を揃えて挨拶した。
「お祖母さんが『よろしくね』って」多分、あかりが聞いたのはご先祖さまの女性の声だろう。
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  1. 2018/11/01(木) 09:25:14|
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