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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1360

結局、祖父の松栄は酔い潰れたまま目を覚まさなかった。玉城家にも一泊した淳之介とあかりはいつもの台所で祖母の勝子と対話をして過ごした。
「美恵子からアンタのところに連絡はないねェ」「うん、何もないよ。こっちにもないの」淳之介の返事を聞いて祖母は黙り込み、台所の空気がとてつもなく重くなった。
「そう言えばお父さんが台湾の軍人さんから『執行猶予3年の判決を受けて刑務所で囚人の散髪と掃除と洗濯をする雑用係として採用された』って知らせがあったって言っていたよ」「それはモリヤさんと台湾の弁護士さんが教えてくれたよ」やはり父は淳之介と同時に玉城家にも知らせていたようだ。むしろ互いに知った情報を交換できていないことの方が問題だ。
「お母さんには家族が心配していることが判らないのかなァ」「判らないんだろうねェ」祖母が極めて冷淡に答えたため黙って聞いていたあかりも驚いたように身体を固くした。
「あの子は自分の店を持ってお山の大将になることしか考えていないのさァ。店を経営する難しさを考えもしない。折角、孝子にまかされたカッチンも馴染みの客に逃げられて行き詰ってしまった。そんな風に自分が起こした問題から何も学べないんだから相手の気持ちを考える頭があるはずないのさァ」祖母は忌々しげに厳しい言葉を吐き捨てた。以前の祖母からは想像もできない態度だ。祖母は美恵子が逮捕されて以来、モンチュウから「玉城家の恥」と非難され続けており、松栄と50年前に母が経営していた飲み屋で知り合ったことまで持ち出されて原因を押しつけられている。そのカッチンは夕紀子がママになってからは順調なのだが、そんな経営改善も美恵子とその不肖の娘を生んだ勝子の落ち度にされている。実は祖父の松栄が酔い潰れるほど深酒したのもモンチュウからの吊るし上げに遭っていた。
「今、台湾に行けばお母さんに会えるんだよね」「裁判は終わったんだから会えるはずだけど、お前はモリヤさんから『縁を切れ』って言われてるんじゃあないねェ」淳之介が祖母の言葉から顔を背けるとあかりが目を見開いて白濁した瞳を向けていた。やはり我を失うほどの不安を感じているようだ。淳之介はあかりの眉に手を当てて瞼を閉じさせた。
「前にお父さんに『お母さんの弁護してやってくれ』って頼んだことがあるんだ。そうしたらお父さんは『罪を殺人に切り替えて二度と日本に帰ってこれないようにしてやる』って答えたんだよ。あのお父さんがそんなことを言うなんてよっぽどのことだと思うよ」本当は「死刑にしてやる」と言ったのだが流石に祖母には残酷すぎる。
「オジイも2人が別れた時にモリヤさんに『やり直してくれ』って頼みに行ったことを後悔しているのさァ。あそこでやり直さなければお前は生まれていないけどね」祖母は淳之介が傷つく前に自分の言葉を否定した。このような思い遣りがあの母には欠落しているのだ。
「お母さんの今の住所は判る」「それを知らせてこないのが美恵子なのさァ。お父さんに訊けば教えてくれるんじゃあないの。判らなくても調べてくれるはずさァ」淳之介には父に相談したことが別にある。明日、石垣島に戻ってから父が帰った時間を見計らって連絡することにした。
淳之介は母に「2度と日本へ帰ってくるな」と手紙を書くつもりだった。
「お父さん、お帰りなさい」翌日は夜の7時から30分おきに電話をかけて4度目で父が出た。
「どうした。あかりに何かあったか」父の心配はいつも息子よりも嫁に向かう。それはそれで有り難ことだが少し腹も立つ。
「お父さんは台湾のお母さんの現住所を知ってるの」「知ってるはずがないだろう」唐突な質問だったが父は即座に立腹した。これは予想された事態なので冷静に話を続けた。
「清明(シーミー)で玉城の家に行ってきたんだけどオバアとオジイがかなりまいっていたんだ。モンチュウから玉城家の恥だって責められているみたい」これは沖縄のモンチュウの善悪・損得を超越した運命共同体意識から見れば極めて特異な事態だ。おそらく美恵子が犯した罪ではなくモンチュウとの関わりを嫌らって疎遠にしている態度に原因があるのだろう。
「それで俺から『二度と日本に帰ってくるな』って手紙を送ってやろうと思ってるんだ」「どうせなら『死ね』って言ってやれよ。それで死ぬようなタマじゃあないけどな」淳之介は息子として母と別れた頃の父は憎悪よりも心配しているように感じていたが、自分とあかりの結婚で昔の恋人である義母と再会して以来、そこに卑しい打算で割り込んだ母が絶対に許せなくなっているようだ。おまけに幹部候補生学校に入校中の身勝手な振る舞いによって幹部としての可能性を潰された恨みも加われば「自分の手で死刑を執行する」と言い出しかねない。
「それじゃあ台湾の王中校(中佐)に訊いておこう」ここからようやく本題に入れる。淳之介は今回の清明祭の出来事で茶山夫妻が船岡の千本桜の下で「イタコになればいい」と言っていたことを思い出していた。
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  1. 2018/11/02(金) 10:42:55|
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