FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1364

7月1日付の人事異動で滋賀徳次郎陸将が北部方面総監に着任した。滋賀陸将は少年工科学校15期生から防衛大学校21期生に進学した人物で「独り善がり」「強権」「井の中の蛙」などと言う悪評は絶えないものの自衛隊の飯を人一倍食べているが故の要領の好さがあって各種課程での成績は上位で通してきており、陸将ともなれば方面総監が指定席なのだ。その滋賀陸将は着任早々から陸上自衛隊的マスターベーションと言うしかない指示を下した。
「全員に遺書をしたためさせて各中隊長が保管して下さい」この日、名寄・第3普通科連隊では中隊長会同の席で1科長からこの唐突な指示が伝えられた。流石に各中隊長も困惑が隠せず隣りの席の中隊長と小声で聞き間違いでないことを確認し合い始めた。どこの部隊でも7月は1日付で発令された昇任の結果で隊員たちは少なからず動揺しており、各級指揮官はその鎮静化に心を砕いているのだ。このタイミングで「遺書」を強制することは服務指導上も適切ではない。すると中隊長代表を自認している本部管理中隊長が1科長に質問した。
「遺書と言いますと自分の死後の財産分与とか子供の親権の問題などを記するものですから正規の様式でなければ効力が認められないと思いますが」これは半分以上皮肉である。各中隊長は苦笑ながら1科長の反応を注視した。
「そう言う趣旨の遺書ではなく戦地に赴く時の覚悟を記す決意文としての遺書のことです」これは至極当然な回答で苦笑は声を噛み殺した嘲笑に変わる。
「それではまるで特攻隊の志願書を渡すみたいですね。またイラク派遣のような任務が付与される予定でもあるんですか」今度は先任順に1中隊長が口を開いた。あまりにも常識を逸脱した指示は隊員たちに余計な憶測を呼ばせかねないのは確かだ。
「そもそも遺書は個人の遺志を書き残すものであって強制するのは変でしょう」実際、イラク派遣の時には強制ではなく死を覚悟した隊員たちの間で「遺書を書こう」と言う機運が高まり、誰からともなく作成した遺書が各中隊長のところに集まった。
「これは私ではなく今度着任された北部方面総監の指示なんだ。したがって師団長、連隊長の一存で取り消すことはできない。諸官たちにも思うところがあるだろうが隊員たちに覚悟を確かめさせる精神指導の一環として作成させてくれ」本当はこの遺書の作成の強制を最も疑問視しているのは人事・庶務・渉外を担当して常識をつかさどる1科長なのだ。それを察した連隊長がこの指示が下された経緯を説明した。
流石の各中隊長たちも師団長を飛び越して方面総監の指示となると二の句が継げない。口籠ったまま渋い顔をしてノートに指示内容を記入した。
「ところで締め切りは何時にしますか」ここで4中隊長の天野1尉が質問した。やはりこの定年間近のベテラン中隊長は実務型らしく実施上の必要事項を確認してくる。このような細部は各中隊長の所定にしても良いような気がするがそれでは隊員に対する圧力が弱まってしまう。ここは連隊として全員が実施すると言う形が欲しい。
「うん、7月中に作成させよう」今度は副連隊長が答えた。副連隊長は発言する前後に連隊長の顔を窺うのが代弁者としての作法であり、今回もそうしている。
「書いている内容の確認は必要ですか」「それは・・・」「遺書の検閲はまずいだろう」ある中隊長の質問に1科長が答えようとするのを別の中隊長が遮った。第2次世界大戦中の特攻隊員たちは検閲されることを惧れて建前と本音の遺書を作成し、本音の方は同僚や親しくしている整備兵などに託して遺族の元に送ってもらったと言われている。現在、特攻隊員の遺書として紹介されている文章も軍人精神の権化のようなものと母を慕い、妻を愛おしみ、我が子の生育を祈る人情あふれるものの二通りがあるが、著者がどちらを取材するかで印象は大きく変わるようだ。その意味では中隊長が預かることになれば隊員が作成するのは建前になり、単なる形式に堕するのは目に見えている。
「遺書の書き方の作法などの指導教育は連隊でやっていただけるんですね」これも天野1尉の確認だ。言われてみれば強制されてしたためる遺書では隊員の自主学習を期待することには無理がある。それでなくても隊員に一般教養を習得させることは組織としての自衛隊にとって難題中の難題であり、人事担当者は昇任試験の一般教養問題の出題レベルを他の公務員の同様の試験の水準に合わせることに頭を悩ませている。
「それは1科長の所定で良いだろう。後日、隊員たちを集めて私が趣旨の説明を行うからその後で一般的な知識として教育しよう」最終的に連隊長が自ら趣旨を説明し、1科長が作成上の注意事項や作法などを指導することに落ち着いた。ところが北部方面総監は単なる思いつきで指示を下したに過ぎず、総監部内にさえ詳細な知識を持っている幕僚は誰もいなかった。
スポンサーサイト



  1. 2018/11/06(火) 09:51:04|
  2. 夜の連続小説8
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<11月7日・ケネディ暗殺の謎・ドロシー・キルガレンが死亡した。 | ホーム | 香港映画の大プロデューサー・レイモンド・チョウさんの逝去を悼む。>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/4995-c49f43fb
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)