FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

11月10日・アメリカ海兵隊の創設が決定した。

1775年の明日11月10日に自他共に認める世界最強の軍であるアメリカ海兵隊が創設が決定しました。この日の式典では巨大なケーキが会場に運ばれて基地や部隊のトップが腰に提げたサーベルで切って突き刺して最下級の新兵の口に入れる風習があります。
西洋花札政権の国防長官にジェームズ・ノーマン・マチス海兵隊大将が就任した時、不勉強な日本のマスコミ各社は「狂犬と呼ばれている」と人間性を危険視していましたが、「マリーンズ・デビル・ドッグ(悪魔の犬)」と言うのは国家に絶対的な忠誠を尽くし、敵対する者を噛み殺す強暴さでアメリカ海兵隊の気質を表現した賞賛の仇名なのです。
アメリカ海兵隊の歴史については「Marines Hymn=海兵隊讃歌」で高らかと唄っていますが、それは組織が機能し始めてからのことで実際の創設には自衛官募集並みの苦労があったようです。独立戦争中のこの日に軍の組織を決定する会議でイギリス海軍が指揮下に置く陸戦部隊に倣って大陸軍海兵隊の設置が決定されたのですが、大陸陸軍を指揮するジョージ・ワシントンさんは将兵の割譲を拒否したため言い出しっ屁のロバート・ミラン大尉は募集による新規採用の兵員で部隊を設立する羽目になったのです。しかし、勇気があり体力に自信を持っているような若者は既に独立戦争に参加しようと軍を志願しており、街で「兄ちゃん、海兵隊に入らない」と声をかけても応じるはずがなく、結局、「タン・タバーン(現在もアメリカ海兵隊誕生の地とされている)」と言う飲み屋で若者に酒を大量に飲ませて酔い潰し、意識朦朧の中で入隊志願書にサインをさせると言う秘儀で士官10名と兵員200名を集めたものの所詮は寄せ集めであり、軍暦や戦争の経験を有する者は皆無、初代総司令官に就任したサミュエル・ニコラスさんも飲み屋の親父でした。
海兵隊の当初の任務は艦艇に乗り組み、荒くれ水兵たちの反乱・暴動を防止するなどの規律維持と停泊時の警備であり、上陸地点の制圧と占領は余技に過ぎませんでした。こうして独立戦争が終結すると1783年には解散しましたが、独立戦争の最大の支援者だったフランス国王・ルイ16世が革命によって退位・処刑されたことで両国の関係が険悪になったため1798年7月11日に新生・アメリカ合衆国海兵隊として再設立されたのです。
以降は海兵隊讃歌の冒頭で「モンテズマの間隙から」と唄っているメキシコとの戦争に於ける激戦のチャプルテペク要塞(実質的に城郭)の攻略から第1次バーバリ戦争でのトルコの港湾都市・トリポリの閉鎖作戦などアメリカが行った多くの戦争の尖兵として武勲を重ねていきましたが、そんなアメリカ海兵隊が「最も過酷で困難な戦いであった」と誇りとしているのが日本軍との「イオージマ(=硫黄島)の戦い」です。このため世界最強を自負するアメリカ海兵隊は自国を含め各国の陸軍は馬鹿にしているのですが、日本陸軍=陸上自衛隊だけは別格扱いでキャンプ・フジの海兵隊も極めて礼節を重んじた態度で交流しているようです。
アメリカ海兵隊は他の軍が胸に装着する特殊技能の徽章を全くつけません。それは「アメリカ海兵隊員であることが特殊技能だから」だそうです。昔は「アメリカ海兵隊員が全人格だ」と名札も付けませんでしたが、現在は遺骸の識別のために付けています。
USMC.jpg
「特別勤務・君は自己を向上させているか?」警備小隊に掲示していたアメリカ海兵隊のポスター
スポンサーサイト



  1. 2018/11/09(金) 09:27:26|
  2. 日記(暦)
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<振り向けばイエスタディ1368 | ホーム | 振り向けばイエスタディ1367>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/5002-42f53fa7
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)