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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1369

「滋賀大臣は同じ弁護士出身でも徳島水子とは違って政治と司法の相互不干渉の原則を堅持しています。私も現在、担当している裁判の途中で政権交代が起こって元社民党の滋賀大臣が就任することが決まった時には司法に介入まではいかなくても圧力を加えてくるんじゃあないかとかなり心配しました。でもそのようなところはなく、むしろ検察側がそれを期待していて裏切られたようです」私の司法の現場からの解説を椋本3佐は真面目な顔で聞きながら食事を口に運んでいる。私の昼食は毎回豆腐料理だが、今日はマーボ豆腐丼と中華スープにしたので匙(中国語では「チ」=日本で言う散蓮華)で口の中に放り込んで行く。
「それにしても死刑の執行に立ち合った法務大臣は初めてじゃあないですかね」味噌汁で口の中の料理を流し込んだ椋本3佐が質問してきた。私は大学時代の刑法の講義で教授の個人研究の成果を学んで以来、死刑については極めて詳しくなっているが、執行の状況については新聞で読むくらいしか情報がなく、その情報も日本の法務省は原則的に非公開にしているため死刑囚の氏名と年齢、犯行の概要程度しか知ることができない。
「死刑の執行がある時は噂の段階から拘置所内にも重苦しい緊張感が充満するから大臣の立ち合いは余計な負担になるんだろうけど決裁した者の責任として肯定するべきだろうね」これは質問に対する回答としては不適切だが「知らない」と認めないための回避行動だった。
「死刑は刑務所で執行するんじゃあないんですか」これは意外に一般的な誤解だ。新聞でも毎回のように「××拘置所で執行」と報じているのだが先入観を覆すほどの効果はないようだ。
「死刑囚は死ぬことだけが受刑になるから刑務所ではなく拘置所に収監されて執行を待つんだよ。ワシが入っている時はオウム事件の死刑囚がいたから(この時点では未執行)彼らを刺激しないように刑務官も気を使っていたね」「モリヤ2佐は拘置所に入っていたんですか」突然、椋本3佐は食べ掛けたオカズを喉に詰まらせそうになった。私が元刑事被告人であったことは陸上幕僚監部では常識だが航空幕僚監部では情報の伝承はされていないようだ。
「うん、殺人その他の重罪人として裁判を受けていたんだ」「それでも無罪になったんですよね」「3人を殺したことは事実だが罪にはならなかったな」あまり食事が進む話題ではないからこれで終わりにしようと思う。ところが椋本3佐の方が話を妙な方向に持っていった。
「しかし、死刑に立ち合うのはどんな気分なんでしょうね」これは死刑の現場を知らなければ想像の域を出ることはできない。私も現場を見たことはないが各方面から詳細な情報を得ているので、それらを総合すればかなり実像に迫っていると確信している。
「それは意外に呆気ないものかも知れないよ。先ず死刑囚は床が落ちて紐で吊るされる時には3メートル下の階下だから姿は消えて紐だけが穴に伸びている状態のはずだ。それに執行前には顔に黒い袋を被されているから恐怖の表情なんかは見えない。ガラス窓越しでは絶叫も聞こえないだろう。つまりその紐の先で人間が死んで逝くって言う想像力さえ働かさなければ淡々とした作業に過ぎないんだ」「ふーん、視界から消えて死んでいく。苦しんでいる姿は見ないですむんですね」これも意外に一般的な認識不足だ。2人とも食事が終わったので話を切り上げて一度だけの面談にしたいのだが訂正を加えてからにしなければならなくなった。
「吊首刑の死因は窒息や鬱血ではないんだよ。実は床が落ちて紐が伸びて吊るされた瞬間に体重と衝撃に頸骨が耐えられずに折れることで即死するんだ。首の筋肉が弱かったり体重が重いと首が千切れて飛ぶこともあるらしいがそれは非公開だ」これは私の死刑に関する知識から言えばほん触りに過ぎないが、即席の講座ではこれでも充実し過ぎているくらいだ。
「思いがけず現役の弁護士先生のお話を聞けて本当に勉強になりました。職場の連中はまだ13階段を上るって思っていますから、ニュースを見ながら教えてやります」2人一緒に立ち上がって食器を片づけながら食堂を出ると椋本3佐は陸上幕僚監部と航空幕僚監部に分かれる渡る廊下で妙にかしこまった敬礼して礼を言った。それにしても相手を変えて繰り広げている即席法務講話の受講者は別れ際には必ず同じ台詞を吐くが一向に法律の一般知識が広まってこないのは何故だろう。私の説明が素人の隊員には不十分なのか、それとも法律にそれほど関心を持っていないのか。首を傾げながら法務官事務室に戻った。
結局、この勇断についても滋賀大臣は保守系マスコミや自民党だけでなく死刑廃止議員連盟の徳島水子や元警察官僚で小泉首相の郵政改革に反対して自民党から離党した鶴井静香などからも「変節するなら十分な説明が必要だ」と批判されてしまった。おまけに第3次小泉内閣で法務大臣を務めながら「悪人正機」を教義とする浄土真宗の門徒であることを理由に死刑執行を決済しなかった弁護士の杉浦正見(しょうけん)にまで「俺の方が筋を通して立派だ」と揶揄されていたが、それは教義に対する理解不足である。杉浦は愛知県岡崎市矢作の人間だが。
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  1. 2018/11/11(日) 09:37:01|
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