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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1375

間延びしたような日時を置いて始まった大岩3佐の被告人尋問でも検察側の追及は同様だった。海上自衛隊が法令を厳格に順守していることを認めた上で周囲の漁船たちの行動を無視した独善性が事故の原因であり、それもある種の過失であることを印象づけようとしてくる。結局、これまでの証拠調べと証人尋問で海難審判では採用され、被告人となっている2人に有責の裁定を下した根拠がことごとく虚構であることが明らかになってしまった以上、有罪を勝ち取るには悪印象を演出するほかに手段がないのだ。
「被告人に質問します」大岩3佐に対する本人確認が終わって先攻の検察官が質問を始めた。
「貴方の普段の職務は水雷長と言うことですが間違いありませんか」「被告人」「はい、そうです」日本有数の私立進学校から防衛大学校に進んだ前潟3佐の温和な丸顔に比べて大岩3佐は精悍で彫りが深い日本人離れした顔立ちで簡単な返事にも妙な迫力がある。
「水雷長と言うのは戦闘艦の武器を取り扱う職務だと聞いていますがそれで間違いありませんか」「被告人」「はい、それにソナーの探知や対潜ヘリも担当しています」このように認めさせる質問を繰り返してくる時には自分に不利な質問に誘導されて気がつかないで認めてしまう危険性もある。私と牧野弁護士は顔を見合わせた後、内容を慎重にメモし始めた。
「つまり貴方は航海に関しては専門外と言うことですね」「被告人」ここで私は弁護人席で大きく顔を振った。すると大岩3佐は大きく息を吸いながら時間を作り、言葉を選んで返事をした。
「職務としては対潜戦闘が専門ですが、艦橋で当直士官の勤務につく幹部は基本的に艦艇の運航に関する基礎知識を学んでおり、質問された意味において専門外とは言えません」咄嗟の回答としては見事な回避行動だ。おそらく検察官は多くの漁船が行き交っている海域で当直士官を交代して航海の専門家である航海長の前潟3佐から素人である水雷長の大岩3佐に引き継いだことを過失にしようとしたのだろう。我々が申請した艦長に対する証人尋問でも事故発生時に艦長が自ら指揮を執っていなかったことの責任を追及していた。
「それでは水雷長である貴方も今回、事故を起こした戦闘艦を操縦する訓練を受ける機会を与えられているんですか」「被告人」「1つ、検察官は誤解、と言うよりも不勉強なようなので補足説明したいのですがよろしいですか」思い掛けない申し出に裁判官も一瞬迷ったようだが、「手短に」と断ってから許可した。
「我々の護衛艦に限らず大型船では船長や航海長が自ら操舵することはあまりありません。我々の艦でも操舵は見習い中の若手士官や海曹、信頼が置ける海士長が実施することが多いのです。その意味では管理職としての指揮能力の練成を受けていれば職務遂行上は問題ありません」検察官はこの説明の中に質問に対する回答も含まれていることに気づいていないようだ。今度は私が代わって補足説明したくなるが法廷の作法に於いてそれはできない。
「それで質問に対する回答はどうなったんですか」案の定、検察官は墓穴を掘った。一方の裁判官は大岩3佐の回答を思い起こしながらそこに回答が含まれていることに気づいたようで、嗜めるように私がしたかった説明を始めた。
「要するに大岩さんは実際の操縦は熟練した部下が担当するので自分はそれを指揮するだけだと言っているんでしょう。検察官はその辺りを踏まえて質問しなさい」「はい、ご説明いただき誠に有り難うございました」検察官は掘った墓穴に裁判官に突き落とされたように感じたのか無理に平静を装って異様に丁寧な謝辞を述べた。
「逆に言えばそのような大型の戦闘艦に乗務している貴方には1名か2名で小型の船を操りながら漁場を探し、見つければ先を争ってそこに向かう漁民の気持ちや操船の実態は理解できないのではないですか」滅多に目の当たりにすることがない検察官の追い詰められた顔を見ていると「窮鼠猫を食(は)む」ならぬ鼠が猫を食もうとしているようだ。
「被告人」「確かに我々は自分の船を操って生活の糧である漁場を奪い合う漁民の操舵については理解できないかも知れませんが、戦術的に優位な位置を確保するための操舵は通常の民間船の比ではありません。また海上自衛隊は40ノットを超える高速ミサイル艇も保有していますから速度については熟知しています」元海軍少年の私も海上自衛隊が近海の防御用に魚雷艇や水中翼船型ミサイル艇を保有し、不審船に対する海上における警備行動を受けて新たなミサイル艇を建造していることは知っていたが流石にここで持ち出すとは思っていなかった。
「そのように実際の漁船のことは何も判っていないのに自分たちの経験を無理に当てはめて理解しているつもりになっている傲慢さが事故を引き起こす遠因になったは思いませんか」検察官はあくまでも海上自衛隊の独善性を実証することに執着しているらしい。
「被告人」「思いません」そう言い切った大岩3佐の顔には何故か微かな笑いが浮かんでいた。
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  1. 2018/11/17(土) 09:53:03|
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