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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1377

夏季休暇は本来、3日連続で取得するのだが私の場合は公務上の理由なので特例が認められている。そんな訳で6日の金曜日と9日の月曜日に取得して間の7日と8日に山形へ出かけることにした。佳織は疲れたままの仕事になるが、そこは3歳年下の健康優良児なので耐えてもらうしかない。とは言え金曜日は旅行の準備、月曜日は片づけで終わることになる。
「これが最上川かァ。やっぱりな雄大な眺めだね」鉄道の窓から見え始めた最上川の風景に佳織が歓声を挙げた。確かに緑が深い東北の山を押し割るように流れる最上川は守山時代に見慣れていた木曽三川や坂東太郎・利根川のように平野を流れる大河とは違った迫力と趣がある。
「時間があれば川下りも楽しみたいけど今回は無理だな」「うん、私が今の配置の間は駄目だね」佳織が申し訳なさそうな顔になったので私は小さく首を振って最上川に視線を戻した。
実は車嫌いで隠れ鉄道マニア(飛行機、船、バスでの旅行も大好き)の私は今回の旅行は山形新幹線「つばさ」で新庄駅まで行き、陸羽東線で戸沢駅に向かう計画を立てた。戸沢駅までは祖父の弟である永(ながし)さんの息子の薫さんが迎えに来てくれることになっている。
「この流れなら松尾芭蕉が『集めて早し』って感嘆しても不思議はないね」佳織は中学2年まではハワイだったので日本の国語は途中からのはずだ。奥の細道を習ったのは何年生だったのかを思い出してみたが担当の女性教師の顔しか浮かばない。
「あの句の五月雨は太陰暦だから今で言えば6月の雨、梅雨のことなんだよ」「そうかァ、季節外れの大雨じゃあないんだね」これは授業の請け売りだが佳織は素直に感心してくれた。そこで毎度の悪癖を発揮して雑学をオマケした。
「ワシは最上川を詠んだ句なら正岡子規の方が好きだな」「ふーん、どんなの」「ずんずんと 夏を集めて 最上川」この句は文学児童だった小学生の頃に愛読していた正岡子規や与謝蕪村、小林一茶の句集を中から見つけたのだが、こうして最上川の圧倒的な水量を見ていると「ずんずん」と言う表現が言い得て妙で改めて感心してしまった。
「あれェ(これは)、モリヤどれへェ(モリヤさんですね)。よくござったなす(よくいらっしゃいました)」戸沢駅で下りると改札口の前にやや年配の男性が待っていた。それが薫さんだった。考えてみれば永さんが祖父と兄弟なのだから薫さんは父親と同世代、又叔父(またおじ)にあたる。それにしてもこの挨拶は何と言っているのか理解できない。沖縄のシマグチでさえ自然に習得できた私が本場の山形弁には驚いた。
「庄司さんですね。モリヤです」取り敢えず標準語で挨拶したが薫さんは黙ってうなずくと駅前広場に駐車してある三菱の4WDに案内した。これは陸上自衛隊でも採用しているから乗り慣れた車種ではある。したがって自衛隊の要領で安全確認をしてから両側から乗車した。
「今日は無理をお願いしてスミマセンでした」「んねず(いいえ)、それより長旅でこわかったでしょう」ここで「こわかった」と訊かれるのは私の高所恐怖症を察して最上川を見下ろしてきた気分を確認していると理解するしかない。それにしても鋭い洞察力だ。
「いいえ、素晴らしい風景でしたから怖くはありませんでした」「本当に感激しました」後席から2人で返事をすると薫さんは一瞬、黙った後、困ったように説明した。
「『こわかった』って言うのは『疲れた』って意味だす」「そうなんですか。それは大丈夫です」ここまでの会話で山形弁の難解さを痛感して曹侯学生基礎課程の区隊長や航空自衛隊時代の同僚の山形県人たちが揃って堅苦しい標準語を使っていたのも納得できた。その点、関西弁や九州弁を誇示するようなところがある西日本の人間とは逆だ。
戸沢駅から角川までは深い木立の中を流れる川沿いに道路が続いている。8月とは言え気温が低く、冷たい風が吹いてくるので窓を開けていれば快適だ。
「この道は冬場には雪で封鎖されてしまうから峠を超えないと角川には来れねェんだ」薫さんの説明では除雪しようにもブルドーザーなどが氷が張って雪が積もった川に転落する危険があるため手がつけられないのだそうだ。それにしても薫さんの標準語には少し無理がある。この独特のイントネーションは山形人の同僚が酔った時の喋る方に似ている。
「やっぱり雪が積もりますか」「うん、4メートルくらいだな」薫さんは当たり前な顔をして答えたが冬の北陸すら知らない私たちには4メートルの積雪は想像もできない。
「冬場はあの木が人の背の高さくらいになるんだ。だげど積もった雪に埋もれるのは危険だから輪カンジキかスキーを履いて来なけりゃ駄目だァ」何だか昔話で読んだ雪国の生活が実感できてきた。戸沢村に到着してわずかな時間だが、私自身は会ったことがない祖父が育った土地を目の当たりにしてすでに胸が熱くなるような感激を味わっている。
やがて巨木の根元の古い石碑の道標が見えてくると急に風景が開けた。ここが旧角川村らしい。
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  1. 2018/11/19(月) 10:13:50|
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