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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1380

墓参から帰ると優子さんが食事の支度を終えて居間の座卓に料理を並べていた。私は困惑しながら腕時計を見ると午後4時だ。と言うことはこれはオヤツなのだろうか。
「ごっつぉ(御馳走)はねェけどけれ(け=食べて)」タツ子さんは茶碗に飯を盛りながら勧めてきた。オカズは山菜や茸の煮物や揚げ物が並んでいるが、東京で売っているのと同じ種類の植物とは思えないほど立派で美味しそうだ。
「おづけもどうぞ」遅れて優子さんが鍋を提げてきてお盆の上でお椀に味噌汁を入れた。
「それでは遠慮なく」私たちは新庄駅での乗り合わせの時間があったので途中下車して駅の食堂で昼食をすませてきた。すると田舎の食堂らしくご飯が大盛りで日頃が小食なだけに満腹になった。したがって4時とは言えまだあまり腹は空いていないのだが、これが歓迎のもてなしなら喜んでいただくしかない。
「いただきます」2人で手を合わせ、声を揃えて頭を下げると箸を取って漬物を口に入れた。それは蕪と昆布の塩漬けだった。
「美味しい」いきなり佳織が感嘆の声を上げた。確かに美味しい。蕪の甘さと昆布の食感に塩加減が絶妙でこれだけでオカズになる。私たちの顔を見て山形の4人は顔をほころばした。
「おさいもあがってけらっしゃい(オカズも食べて下さい)」漬物だけでご飯を食べた私たちに優子さんが声をかけてくる。そこで煮物を持った小鉢から茸を取って食べると肉厚で初体験の味と歯応えだった。考えてみればこのオカズは極めて低カロリーなので私には丁度良い。
「もう腹くっついんか(お腹一杯なのか)」急須の茶を湯呑に注ぎながらタツ子さんが訊いてきたが、やはりオヤツは茶碗一杯で十分だった。私たちは手を合わせてうなずいた。
「永之進は上から2番目でオラは6番目、タツ子の夫の永衛門は7番目の末っ子だったんだ」食事が終ったところで庄司家の説明になった。永さんが座卓の上に裏が白い広告を広げてボールペンで家系図を書き始める。それによると庄司家では男子には「永」の字を使った名前がつけられていて歴代当主は屋号の「永衛門」を名乗っていたそうだ。それでは末っ子が永衛門になったのは不思議だが、長男が跡を継いで屋号を引き継いだものの子供がないまま亡くなってしまい、二男の祖父・永之進から永さんまでの5人兄弟は他家に養子に出ていたので曾祖父母が高齢出産覚悟で作ったのが永衛門さんなのだそうだ。そんな家系の男子が40歳代で子作り不能になっているとは情けない。もう一度、墓参して生殖能力の快復を祈願をしたくなる。
「モリヤさんの階級は何なんですか」私と佳織が完成した家系図を覗き込んでいると永さんが訊いてきた。永さんの年齢は90歳の手前と言うことなので軍隊の経験があるのかも知れない。
「はい、私は2等陸佐、昔で言えば陸軍中佐。家内は1等陸佐、大佐です」私の説明に永さんだけが呆気に取られた。考えてみれば薫さんは終戦直前の生まれなので軍隊の知識は乏しく、タツ子さんとようやく薫さんの妹と判った優子さんは対象外だ。
「奥さんが大佐ですか。連隊長殿ですね」「今は通信学校の副校長をしています」「伯父さんだって校長先生だったじゃない」佳織の答えに感心している永さんの隣りから優子さんが口を挟んだ。薫さんの補足説明によると永さんの5番目の兄は新庄市の小学校の校長だったそうだ。
「軍隊の学校の校長は今で言えば大学の学長のようなものだ・・・それでモリヤさんは」「私は昔で言えば陸軍参謀本部で勤務しています」「へーッ、エリート将校ですね」薫さんも戦争映画くらいは見るようで私の説明にようやく相槌を打った。
「永之進は大正の頃に応召して朝鮮半島で勤務していたんですよ」「そうなると岩手県出身の斎藤實大将が朝鮮総督だった頃ですね」私の回答に今度は永さんが驚いたような顔をした。確かに私の世代では歴史の教師でも歴代朝鮮総督を知っている者はいないだろう。実は守山で勤務していた1994年に国連の人権委員会で従軍慰安婦の問題が取り沙汰されていた時、その悪の根源とされていた日本の朝鮮統治について調べたのだ。
「流石は中佐参謀ですね」永さんにこう言われると自分が陸軍将校になったような気分になる。
「それで祖父の兵科は何だったんですか」ここは永さんの感心よりも私の関心を優先したい。少し真顔になって質問してしまった。
「歩兵だったんですが憲兵に選ばれたんです。休暇で帰ってきた時に軍刀を提げていて驚きましたよ」その頃、永さんは子供だったはずなので兄が軍刀を提げて帰ってくれば嬉しかっただろう。ただし、憲兵は特務上等兵=兵長から軍刀を提げ、皮脚絆を着用することができた。
「それは凄いですね。憲兵に選ばれるのは品行方正で頭脳明晰な模範的兵隊だけですから」永さんは思いがけず孫が戦後は悪役にされている憲兵を正しく理解していることに感激したようで鼻をすすった。実際、私自身も祖父の軍暦を知って非常に感激していたのだ。
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  1. 2018/11/22(木) 09:38:58|
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