fc2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

11月22日・反戦自衛官・小西誠3曹が自衛隊法違反で提訴された。

昭和44(1969)年の11月22日にベトナム戦争反対運動が支持を集めていた時期には反戦自衛官としてマスコミに持て囃されていた小西誠3曹が自衛隊法第64条「団体等結成の禁止」3項違反の扇動罪で提訴されました。
小西3曹は昭和24(1949)年に宮崎県で生まれ、中学校卒業後は航空自衛隊に少年術科学校=自衛隊生徒の10期生として入隊しました。ちなみに漫画家の本宮ひろ志さんと原作者の武論尊=史村翔さんは1期先輩の9期生です(本宮さんは中退している)。
生徒課程を修了して佐渡島のレーダー・サイトに配属されると離島での余暇を紛らわせながら一般(部外)課程の幹部候補生を目指したのか法政大学の通信課程に入学しました。
ところがスクーリングで東京の大学の構内に足を踏み入れると当時は60年安保闘争の狂気を引き摺って共産革命を実現しようとしていた学生運動の活動家たちと対話することになったそうです。すると中学校を卒業して以来、軍国思想では一般部隊よりも過激だった帝国陸軍航空隊出身の教官たちの精神教育で純粋培養されてきた小西3曹とは相容れないものの目的を達するために自己を捨てる覚悟には共鳴し、独自に自衛隊の改革を追及することを決意して部隊に帰ったのです。折しも自衛隊では学生運動の激化を受けて治安出動訓練が始まり、小規模な警察署しかない佐渡島でも本格的に実施されることになりました。当然、小西3曹はこれを拒否し、逆に分屯基地内に大量の反戦ビラを掲示したのです。昭和44(1969)年10月の治安出動訓練では運動場に集合している隊員たちの前で朝礼台に登壇すると治安出動訓練への参加拒否を宣言し、反戦演説を始めました。当然、部隊は身柄を確保し、処罰する方法を検討した結果、自衛隊法第64条「団体等結成の禁止」の3項の扇動に該当することが判り、派遣された警務隊に引き渡されました。
こうして始まった裁判では全国から100名を超える大弁護団が結成され、反自衛隊の憲法学者や軍事評論家なども加わって小西3曹の遺志とは無関係に自衛隊の合憲・違憲を争う憲法裁判にしてしまったのです。ところが当時の裁判所は賢明にも高度の政治問題となる司法判断を避け、新潟地方裁判所は「証拠不十分で無罪」、東京高等裁判所によって差し戻された再審でも「表現の自由の範囲内で無罪」として検察側が控訴を断念したことにより昭和56(1981)年に無罪が確定しました。
これを受け小西3曹は「命令違反」として受けた懲戒免職処分を無効とする民事裁判を起こしましたが、裁判所はこれも絶妙の回避行動を取り、27年後に本人が定年退職する年齢になってから却下の裁定を出しました。
野僧は教師の伯父が送りつけてきた新聞記事で小西3曹の寄稿文を何度も読んだことがありますが、本人はあくまでも国民に銃を向ける治安出動とアメリカの戦争に加担することに反対しているのであって自衛隊員の多くが「裏切り者」と憎悪していることは不勉強による誤解と小西3曹の存在を利用するマスコミや反戦平和活動家の画策です。
  1. 2018/11/22(木) 09:39:56|
  2. 自衛隊史
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1
<<振り向けばイエスタディ1381 | ホーム | 振り向けばイエスタディ1380>>

コメント

生徒出身者といえば、、、、

某AV男優もおられましたね、、、、
反体制的な気概の強い人材を多く輩出していたということでしょうか?

小西氏はまだ現役活動家としてご活躍のようです。
  1. 2018/11/22(木) 16:05:18 |
  2. URL |
  3. ST生 #-
  4. [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/5028-f55fb8fd
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)