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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

11月23日・「ダラスの熱い日」ケネディ大統領が暗殺された。

1963年のアメリカ東部では11月22日12時30分=日本の23日午前3時30分にテキサス州ダラスでジョン・フィッシュランド・ケネディ大統領が暗殺されました。
この事件については連邦最高裁判所のアール・ウォーレン長官を責任者とする政府の調査委員会の公式な報告書が元海兵隊の狙撃手・リー・ハーヴェイ・オズワルドの単独犯行と言う結論以外は2039年まで75年間非公開とされたこともあり、色々な立場の人たちが独自に調査し、推理を巡らせて見解を発表しています。
中でも1973年に公開された映画「ダラスの熱い日(原題の直訳は『執行措置』)」は原作が事件直後から真相究明に取り組んできたマーク・レーン弁護士ですから非常に説得力があり、「大統領の暗殺は政府中枢の陰謀によって組織的に実行され、実行犯の1人だったオズワルドさんの単独犯行とするためにジャック・レオン・ルビーさんに口封じさせた」と言う展開が事実であるかのように思ってしまいました。
あと21年後に公開されるウォーレン委員会の報告書がどこまで真実を述べているかを野僧は知ることができませんが、少なくともケネディ大統領は在任中から日本で喧伝され、多くの日本人が信じ込んでいるような清廉潔白で理想的な大統領でもアメリカの民主主義の体現者でもなかったことは間違いないようです。
野僧の小学校ではケネディのファンが多く図書室の伝記や少年マガジンに連載されていた「Let’s Go ケネディ(旭丘光志作)」を回し読みしていました。続く一宮中学校ではそのような高度な話題は許されなかったものの蒲郡高校ではベニト・カストロやチェ・ゲバラの方が人気があり、ここで厳しい批判的な評価を知ることができました。
日本人の多くはケネディ大統領が若くてテレビ映りが良いためニュースで見るだけでファンになってしまい、政策の可否=アメリカ国内の評価などには関心を示さず同じく若くて美しい妻(野僧の好みではない)と並んでいると芸能人夫婦と同じ感覚で見惚れてしまったのでしょう。実際は兄弟揃って異常に性欲が強く、金と権力で次々にモデルや女優、さらに人妻までを愛人にして夫婦仲は破綻寸前だったそうです。
また第2次世界大戦で魚雷艇・PT109の艇長だった時に日本海軍の駆逐艦・天霧に衝突されて負傷した部下を抱えて島まで泳いだ武勇伝に妙な親近感と敬意を抱いていたようですが、その魚雷艇が沈めたのは多くの日本軍将兵が乗った輸送船だったのです。
野僧がケネディ大統領の政策で肯定的に評価しているのはアフリカ系市民の権利拡大だけで、キューバ危機についてはソ連があそこまで強硬な態度を取った背景にはケネディ政権の弱腰な外交姿勢があり、日本人は戦争を回避したことだけで賞賛していますがベトナムに軍事介入したのもケネディ政権である事実も考え合わせなければなりません。
マフィアの強力な支援で当選しながら弟の司法長官が撲滅に着手するなどこの独善的で軽白な大統領を抹殺したい人物・組織は幾らでもあり、その原因は本人が作っていたのでしょう。日本では奴隷解放で絶賛しているエイブラハム・リンカーン大統領がネイティブ・アメリカンの大虐殺者であることなどと同じく実像を語るべき時期に来ています。
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  1. 2018/11/23(金) 10:19:52|
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