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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1382

翌週の月曜日から水曜日は佳織がノザキ夫妻と志織を連れて東京都内で買い物を楽しんでいる。特に志織はハワイで習い始めた茶道と居合道の先生や同門の先輩たちから本場の道具類を買ってくるように頼まれているため専門店巡りをしなければならないようだ。
一方、私は監理部総務課で借りてきた久留米市と天草市のNTTのタウン・ページから寺院の項目を抜き出してノザキ夫妻菩提寺の探索の準備を始めていた。それにしても久留米市にはタウン・ページに載っているだけでも150ヶ寺あるのに宗派を明記している寺院は少数派だ。こうなると1軒ずつ確認するよりも浄土宗の宗務所に電話して絞り込むしかない。
「もしもし、浄土宗久留米市宗務事務所の西方寺でございます」民間人には怒鳴っているように聞こえるらしい自衛隊とは違って坊主の口調は柔らかくて「ホッ」とした気分になる。
「もしもし、拙僧は東京市ヶ谷のリクマク寺と申します。ご多用中のところを申し訳ありませんが、お教え願いたいことがありましてお電話差し上げました」私としては同じ業界の人間らしく話しているつもりだが不妄語戒(嘘をつかない戒律)を破ってしまった。今にして思えば本師の弟子と名乗っても良かったのだが、その方が相手は身構えてしまうだろう。
「実は明治時代にハワイに渡った久留米出身の移民の子孫の方が来日していまして、先祖の墓に参りたいと相談されてきたのです」「はい、それで」突然、声が重くなった。どことなく拒否する準備をしているように感じる。これでは先ほどの好印象が台無しだ。
「宗旨は浄土宗と判っているのですが菩提寺の名前が判らないので調べようと思います」「ほーッ、そうですか」今度は少し軽くなった。坊主の反応も中々難しい。
「そこで市内の浄土宗の寺院名をお教え願えないでしょうか」「はい、判りました。少しお待ち下さい」用件を聞き終えて坊主は何故か元の口調に戻って丁寧な対応になった。
「久留米市内に浄土宗の寺院は30ヶ寺ありまして・・・電話でお知らせするのは大変ですからファックスでお送りしましょう」「申し訳ありませんがここにはファックスがないので寺名だけを教えて下さい」折角の申し出だがリクマク寺が陸上自衛隊幕僚監部法務官室であることを暴露するのは拙いため手間がを掛かる要望をした。
「考えてみれば久留米には鎮西派の本山である善導寺さまがありますからね。30ヶ寺あるのは当然でしょう」「はい、さようです。それではどうぞよろしう」寺院名を2度読み上げてもらってタウン・ページのコピーに印を入れ終えると、お礼の代わりに久留米が浄土宗の聖地であることを賞賛して電話を切った。要するに盆が終わって一息をついているところに面倒な「探索」を依頼されると思ったようだ。この業界では雑用の押しつけ合いが当たり前なのだろう。
「もしもし、自分は東京の陸上自衛隊のモリヤと申します。ご多用中のところを申し訳ありません」それから電話を掛けまくったがやはり不妄語戒は保つことにした。
しかし、空振りが続いて大嫌いな野球のバットの素振りをしているような気分になってきた。それでもコピーに印を入れた寺院も残り少なくなった頃、ようやく住職が反応した。
「ハワイに移民した野崎さんでしたらウチにも墓が残っていますよ。この辺りには野崎姓が多いので断定はできませんが、この辺りでハワイに移民した野崎さんは他に聞かないので可能性はあるでしょう」考えてみれば日系人宇宙飛行士のエリソン・オニヅカ中佐も久留米に隣接する浮羽町からの移民の家系だ。前川原での初(不倫)デートの時、佳織が太刀洗の飛行場跡に誘ったのもそこが祖先の土地であることを知っていたからではないか。そこで寺院の住所を確認すると間違いなく太刀洗だ。
「おそらくそちらの野崎家で間違いないと思います。本人に細部を確認してもう一度電話させていただきます」結局、他の寺院には該当する野崎家はなく久留米の調査は終わった。
「もしもし、天草市教育委員会ですか。私は東京弁護士会のモリヤと申します」続く天草市は宗派が判らないので史跡として寺院を管轄している教育委員会に電話した。ここならスザンナの旧姓・鬼海(きかい)についても訊くことができるはずだ。ただし、教育委員会の職員は文化財を担当する学芸員以外は学校の教員が大半なので用心のため「自衛隊」と名乗るのは避けた。それでも不妄語戒を保っている=嘘をついていない私は何者なのだ。
「実は明治時代にハワイに渡った天草出身の移民の子孫の方が来日していまして、祖先の墓に参りたいと言っているんです」「ほーッ、当地出身のハワイ移民ですか」こちらの反応は個人的な興味のようだ。こんなところは「先ずは断る」一般の公務員とは違う。
「鬼海さんと言うんですが・・・」「それは当地の方ですね。下田南の鬼海ヶ浦と言う地名に由来する苗字です」いきなり謎が一つ解けた。私としては墓参ツアーが出発するまでにつき止められる自信はなかったのだが、やはり御佛の助力があったようだ。「南無阿弥陀佛」
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  1. 2018/11/24(土) 10:15:24|
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