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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1383

木曜日、私も1日だけの年次休暇を取得して京都へ同行した。水曜日は上野の博物館・美術館巡りを終えた後、私の職場=ジャパニーズ・ペンタゴンと横田基地に寄り、義父の元部下に会ってきたついでに佳織は両親が出会った場所を教えてもらったらしい。
「京都は明日回ることにして今日は奈良へ行きましょう」新幹線が京都駅に近づいたところで私は4人に今日の予定を提案した。今夜は京都市内のホテルに宿泊し、佳織は京都の方が詳しいようなので案内を任せ、司法修習で大好きになった奈良を訪れたかったのだ。
「ナラ、聞いたことがないわ」ところがスザンナは意外なことを口にした。確かに国際的な知名度で言えば「キョート」に比べて「ナラ」は格段に落ちる。むしろ「キョートナラ」と一組にされて紹介されていることが多い。
「奈良にはグレート・ブッダがいるんです」取り敢えず「大佛」を直訳してみたが通じたかは判らない。佳織が鎌倉で高徳院の中佛を見せていれば「あれよりもでかい佛像」との説明で興味を引けたかも知れないが志織の希望で買い物を優先したようだ。
「いや、私は典子の墓に参りたい」すると義父がもっと意外な希望を口にした。日本の夫婦では夫が「別れた前妻の墓に参りたい」と言うのは今の妻にとって嫉妬の対象にもなりかねないが、アメリカでは過去と現在の割り切り方が少しドライなのかも知れない。
「でも乗車券と指定券は京都までですからここから先は自由席になってしまいますよ」「いいの、ダディの言う通りにしてあげて」私が制止しようとすると佳織が父親に同調した。どうやら父子で過ごす間に今回の来日での希望を本音で聞いているようだ。
「そうですか。それでは車掌が通ったら乗車券の延長を申し込みましょう」伊丹には大阪空港があるため新大阪駅で下りて北大阪急行に乗り換え、千里中央からは大阪モノレールで合わせて30分だ。新大阪駅からは空港行きのリムジン・バスもあるが墓苑に向かうには少し不便だ。
「お父さん、ここが私を生んだ母が眠っているお墓です」通い慣れた墓苑の伊藤家の墓の前で佳織が静かに説明した。ここで「私を生んだ」と断ったのはスザンナが現在の母であることを暗示している。私の両手には掃除用と(佛さんの)飲用の水を入れた2つの水桶と水道の脇に干してあった雑巾、志織は途中のコンビニで買ってきたお供物の饅頭、佳織は花束を抱いている。
私が水桶に雑巾を入れて掃除の準備を始めた時、義父が墓石の最上段の搭を両手で挟み額を押し当てた。義父は身長が高いので顔は石搭の「伊藤家」の位置にある。
「典子、すまなかった」義父は英語で語り掛けた。私は水桶を足元に置くと頭陀袋から常に携帯している数珠と線香を出して読経の準備を始めたが佳織が隣りで首を振った。
「私はお前が苦しんでいることを知らずに軍務のことだけを考えていた。病んでいたことも知らずにいた。死んでも墓に参ることができなかった。後に遺された佳織に援助の手を差し伸べることをしなかった。お前の夫だけでなく佳織の父親も失格だ」義父の大きな背中を見詰めながら私は胸が熱くなってきた。若し梢が先立つことになれば私も墓前で同じ台詞を吐くことになる。ただし、沖縄の墓を抱き締めることはできない。
義父の供養の懺悔が終わったとことで私は日本式の墓参の手順を始めた。雑巾で墓石を拭き清め、暑さでしおれている目地から生えた草を抜き、最後に上から水をかけて水受けに注いだ。
その間に佳織は花を生け、志織が饅頭を供えた。その様子をノザキ夫妻は手をつないで見ていた。
火を点けた線香を立てて数珠を揉み始めた時、私の胸の中に迷いが生じた。久留米・太刀洗にあるノザキ家の菩提寺・望空寺は浄土宗だが鬼海姓の発祥の地である天草・下田南の隣岳寺は曹洞宗だった。モリヤ家はどうでも好いが伊藤家と庄司家まで曹洞宗であり、多数決ではこちらの圧勝だ。仕方がないので心を空にして成り行きに任せることにした。
「えんみょう~じぞお~ぼさつきょうげ~(延命地蔵菩薩経偈)」今日はこのお経が口から出た。つまりこれが私に寄り添う佛・菩薩が選択なのだ。
「善哉善哉 延命菩薩 有情親友 衆生生時 為其身命 滅為導師 衆生不知 短命無福・・・」延命能化地蔵願応尊は天道、人間、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄に在って苦患に堕ちた衆生を救って下さる菩薩なので宗派に関わりなく信仰の対象になっている。浄土宗の阿弥陀さまも頼りにしておられるはずだ。そう言えば平泉の中尊寺・金色堂の本尊は阿弥陀如来だが脇侍は観世音菩薩と大勢至菩薩ではなく六道=6体の地蔵尊だ。 
「なもあみだぶ なもあみだぶ なもあみだぶ なもあみだぶ×2回・・・な~もあみだ~ぶつ な~もあみだ~」最後は浄土宗式の十念になった。これが佛・菩薩のお示しのようだ。
「ダディ、スザンナ、私たちがハワイに行く時には伊藤家の墓を移すつもりだから。良いでしょう」佳織の申し出にスザンナが「オフ・コース(勿論)」と即答した。
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  1. 2018/11/25(日) 11:35:44|
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