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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1384

午後から統合幕僚監部首席法務官室で公判の作戦会議が行われるため出勤した金曜日の午前中に衝撃的なニュースが流れた。滋賀法務大臣が東京拘置所内の死刑を執行する処刑場を公開したのだ。昼前の民間放送のニュースでそれを見た事務室の3人の顔は青ざめていた。
「以前、モリヤ2佐から聞いていたのと同じ構造のようですね」1曹は顔をひきつらせたまま死刑の執行がある度に説明していた処刑場の構造の正確さを賞賛してくれた。
「うん、ワシは東京拘置所に収監されていた元殺人犯だからな。死刑判決を受ければあそこで吊るされることになったんだ」本当は懲役10年を求刑されていたので完全に冗談なのだが、3人は私が吊るされる姿を想像したようで顔を背けて席に着いた。
「滋賀大臣の英断ですな」午後から始まった会議でも話題は処刑場の公開からだった。牧野弁護士と滝沢弁護士は個人経営だけにテレビを見ることに制限はなく、最初のニュースから注視していたそうだ。その点、お役所勤めの境1佐と私は昼のニュースからだ。
「日本人は13階段を登るって言うイメージが抜けませんから必要な情報公開でしたね」「うん、これからの映画は描写に困るな」この境1佐の言葉に私は映画「天国の駅」で吉永小百合が吊るされた場面を思い出した。日本映画では死刑の残酷さを強調するため13階段を登る場面を描いているが、今後は姿が消えることで「死刑の執行」を表現するのかも知れない。
私は仕事を終えると羽田発の民航で福岡に向かった。この便であればそれ程遅くならず佳織たちと合流できる。飛行機は搭乗手続きが面倒だが福岡となると移動時間の差が際立ってくる。
「貴方、お疲れさま」空港にはノザキさま御一行で迎えに来ていた。昨日は伊丹から戻る形で京都のホテルに泊まり、今日は京都観光を楽しんで先ほど福岡に到着したはずだ。
これから博多駅に移動し、そこから鹿児島本線で久留米まで行かなければならない。ホテルに入るのは10時を過ぎるだろう。それにしても福岡空港は築城基地での委託OJTの時、沖縄から遊びに来た美恵子を迎えた思い出したくない思い出がある。私は先に立って歩き始めた。
「久しぶりにベース・イタヅケ(板付)を見たよ」鹿児島本線の車内で義父が声をかけてきた。アメリカ軍の板付基地は滑走路の向こう側なので空港ターミナルの展望台からは見えにくいはずだがパイロットである義父には着陸してくる旅客機のライトで十分だったようだ。
「ベース・イタヅケには私がまだ中尉でコパイ(副機長)だった頃、ベトナムへの物資を受け取るために寄ったものだ」義父が中尉と言うことは1960年代の後半ぐらいだ。ベトナム戦争が激化し、日本も医薬品や食料などの供給源になっていた。
「ベース・ナハへも行きましたか」当時、沖縄はまだ本土復帰しておらず、私が勤務していた那覇基地もアメリカ軍と民間航空の共同使用だった。すると義父は何故か顔を曇らせた。
「うん、ナハにも頻繁に行ったが哀しい記憶が強いな」会話は英語なので周囲の乗客には通じないはずだ。私は3種夏服を着ているが4師団司令部の福岡駐屯地がある南福岡駅は通り過ぎている。私と佳織が視線で続きを促すと義父は重い口を開いた。
「ナハからはベトナムへ送る生きた兵士を乗せて飛び、帰りは戦死した兵士の棺を乗せていた。中には往復とも私が運んだこともあった」私も那覇基地で勤務している時、補給隊が使用していた巨大な倉庫が遺骸安置所だったと聞いたことがある。若き日の義父は輸送機のパイロットとしてその辛い任務を遂行していたのだ。
「ベトナムからナハへ運ぶ遺骸は戦死したままの状態で防腐処置などはしていないから機内に腐臭が充満して必要がないのに酸素マスクをはめたものだ」確かに軍用輸送機の換気装置に防臭機能はついていないから熱帯で収容された遺骸が発する腐臭は耐え難いものがあったはずだ。しかし、私は北キボールで殺した3人の若者の遺骸を思い出して唇を噛んだ。
「だから仕事から帰ってもお父さんは家族と打ち解けることができなかったのね。私はお父さんの怖い顔しか憶えてないもの」本来であれば帰宅はそのような過酷な軍務で疲れ果てた精神を救ってくれる憩いの場のはずだが、義母の典子も異国で姑と暮らす生活に疲れており、夫の立場を思いやる余裕がなかったのだろう。義父が軍事秘密に属する軍務について家族に説明しなかったのは言うまでもない。そのため久しぶりに帰宅しても不機嫌に過ごす夫に嫌悪と不信を募らせた結果が離婚だったのだ。
「典子は許してくれたかな」「大丈夫、娘が許しているんだから妻なら間違いないわ」佳織の返事を聞いて義父は窓の外に見え始めた街の灯りに視線を移した。この夜景も前川原に入校している時、月に一度、不機嫌な美恵子が待つ防府に帰宅して戻る車内から眺めたものだ。
何だか今回の来日はノザキ夫妻だけでなく佳織や私も心に負っている傷、抱えている重荷を1つ1つ片づけるために旅しているような気がする。
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  1. 2018/11/26(月) 09:57:10|
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