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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1393

2010年は最高気温の記録更新し続ける異常な猛暑で、気象庁は冬が厳寒で豪雪だったこともあり冷夏と予測していたが完全に外してしまった。
そんな過酷な夏を過ごした高齢者たちは涼しくなる前から力尽き始めている。まだ高齢者ではない島田元准尉は高校の同級生が9月20日に亡くなったため24日の月曜日の葬儀に出席した。寺から秋彼岸の期間中の葬儀を断られたらしい。
「全く暑いなァ。気温じゃあ岐阜も負けていないが日差しが違う」朝から葬儀が行われる小倉の寺の山門に着いてタクシーを下りた島田元准尉は忌々しげに眩しい青空を見上げた。今日は小倉駅から直接こちらに向かうため家から礼服に黒のネクタイを締めてきた。いつもは心地よく感じる海からの潮風も湿気を運んで蒸し暑くしているようだ。
「おう、島田じゃあないか。遠路はるばるご苦労さん」「相変わらず友達甲斐がある奴だな」「それを言うなら友情に篤いって言うんだよ」境内では本堂の大屋根が日差しを遮っている軒下に同級生たちは集っていた。葬儀とは言え同級生が久しぶりに顔を合わせれば即興の同級会になるのは自然な成り行きだ。まだ小倉弁を使っていないだけ気持ちが改まっているのだろう。
「この寺には5年前に亡くなった井手先生の墓もあるんだぞ」「井手先生の葬儀は斎場だったからお墓は知らなかったな」「納骨は四十九日の後だったからな」高校で世話になった恩師とは言え葬儀だけでも岐阜から出席すれば並み以上の教え子のはずだ。
「葬儀が終わってから案内してやるよ。火葬は身内だけだろうから」「うん、よろしく頼む」「本堂で線香をもらっておけよ。コンビニに買いに行くのは暑いしな」そんな相談が弾んできた頃には境内に参列者が溢れてきた。やはり70歳代前半は定年退職を迎えて10年が経過しても(島田元准尉は定年が早い自衛官なので20年弱)体力が続く限りと社会に貢献する意欲を失っていないため訃報を受けて葬儀に駆けつける人が多いようだ。
「それでは岡崎順三さまの告別式に参列される皆さまはあちらの玄関から本堂にお回り下さい。なお、葬儀中に着信音が鳴らないように携帯電話の電源を切るようにお願い申し上げます」参列者が腕時計を確認し始めた時、葬祭社の制服を着た男性が声を掛けてきた。
島田元准尉が振り返ると本堂の中は冷房が効いているようで戸は全て締めてある。昔の寺の法要では檀家たちが正面に履物を脱ぎ散らかして和尚から「脚下照顧」と言う法語を習ったものだが小倉でも時代が変わっていた。
「島田、お前の宗旨は何だ」「日蓮宗だよ」「俺は門徒だがここは禅宗みたいだ」「焼香はどうやるのかな」玄関に入る順番を待っている間に両側の同級生が声を掛けてきた。島田元准尉は父親の葬儀の時、菩提寺の住職から習った覚えがあるが日蓮宗では回数に決まりはなく、慣習としては佛法僧の三宝や過去・現在・未来に3回と言うのが一般的とのことだった。一方、自衛隊には何故か多い門徒の葬儀にも出席しているが、本願寺派は押しいただかずにそのまま1回、大谷派は2回と聞いたことがある。しかし、禅宗は記憶にない。
葬儀が終わり、出棺は島田元准尉たち同級生が運ぶことになった。亡くなった同級生は娘ばかりで男手が足りなかったのだ。本堂の前の階段には葬祭社が緑色のカーペットを敷いていて霊柩車まで裸足で行くことができた。
「先生の墓参りに行くぞ」同級生に声をかけられて島田元准尉は本堂で片づけをしている葬祭社の社員に線香を頼んだ。すると開式時に入堂した導師が立てた3尺の線香の先端を折って下の部分を手渡した。葬儀で使うのは焼香用の抹香だけで線香は用意していないのかも知れない。
「ここが井手先生の墓だ」「横に法名が彫ってあるだろう」同級生2人に連れられて裏手の墓所の中央にある恩師の墓に参った。門徒の同級生は戒名を法名と言っているが、日蓮宗も法号なので迂闊に誤りを指摘することはできない。
「教導院厳風直語居士かァ。先生にピッタリの法号だな」やはり島田元准尉も言い間違えた。井手先生は厳しいが決して嘘は言わない人だった。5年前の葬儀では還暦を過ぎた元女生徒よりも元男子生徒たちの方が泣いていた。
「先生、水浴びです」と声をかけながら手桶に汲んで来た水を墓石の上からかけ、葬祭社にもらった線香に火を点けて墓石の前の金属製の筒に立てると3人揃って手を合わせた。
島田元准尉は葬儀の焼香の時、僧侶たちが妙法蓮華経観世音菩薩普門品偈を唱えていたので思い出しながら詠み始めた。すると隣りで門徒の同級生が念佛の合唱を始める。50年経っても同級生気分丸出しの教え子たちを見て井手先生も笑っているはずだ。
その時、島田元准尉の足元を幼い男の子が通り過ぎて、同時に女性の呼び声が聞こえてきた。
「ジョシマシブシオ(気をつけて)」その日本語ではない声に振り返って島田元准尉は固まった。
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  1. 2018/12/05(水) 09:47:54|
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