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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1395

自衛隊情報保全隊司令・井上将補の特命を受けて月産自動車沖縄支社の設立のための現地調査のための長期出張と言う肩書で人脈構築に励んでいる朝山3佐は思い掛けない重要情報を入手してしまった。それは料金が高額なため疎遠になっていた高級スナックに久しぶりに顔を出した時だった。最近、井上将補から少なくはないが十分でもない活動資金が送られてきたのだが、どうやらそれは司令個人の給与収入から捻出したようだ。
「赤川さん(朝山3佐の偽名)、月産自動車は流石に将来を見越していますね」スナックでは通い始めた当初に紹介を受けた県庁の総務部長である古堅(ふるげん)と一緒になった。朝山3佐のボトルは終わっているので再びこの店では一番安い銘柄をキープしてママさんに水割りを作ってもらった時、唐突に言われた。
「そうですか。何はお耳に入りましたか」朝山3佐は水割りを舐めながらとぼけてみせる。本当は月産自動車の内部情報を知っているはずはないのだが、とぼけることで逆に聞き出す初級テクニックだ。すると古堅はママさんが注いだ高級ブランデーを口に運んで話を続けた。
「どうやらあのコスト・カッターは月産自動車を中国企業化するつもりのようですな」コスト・カッターとは経営危機に陥っていた月産自動車を再建するために議決権を有する株主であるフランスの大手自動車会社から送り込まれたオモロス・ヨーン会長の異名だ。ヨーン会長は日本人の経営者では人情に絡まれて踏み切れない大幅な人員削減や工場閉鎖を断行し、急速に収益回復を実現した。それを畏怖じて贈られた敬称だと言われている。
「会長は我が社を愛していると公言しておられますから流石にそれはないでしょう」朝山3佐はビジネスマン向けの雑誌で読んだヨーン会長のインタビュー記事から否定的見解を作った。すると古堅は皮肉に笑いながら自分のグラスを口に運んだ。
「ヨーン会長が元々は人事畑を歩んできたのはご存知ですよね」「よくご存知ですね。だからリストラにも熟練しているんです」これは朝山3佐のハッタリだ。本当はそのような知識は持っていないのだが相手に同調しながら自分も知っていたたように演じた。
「そんなヨーン会長は日本では今後、人材の確保が困難になることを予測して国内の工場は完全に閉鎖して全て中国に移す長期戦略を立てているそうですよ」「まさか・・・」ここで絶句するのも効果的だ。そうすることで教える優越感を味わせ、追い討ちを掛けさせることで更なる情報を引き出すことができる。案の定、古堅はシマンチュウ特有の大きな目を光らせ大きく息を吸った。それを見てママさんはカウンターの中で後退して棚にもたれるように立って話を聞いていないポーズを取った。
「結局、ヨーン会長にとってはフランスさえも祖国ではない。両親はレバノン人でブラジル生まれ、教育はレバノンとフランスで受けた。つまり親会社にも心の底からの忠誠心は抱いていないはずだ。ならば自分の野心のために親会社や日本を裏切ることに何の良心の呵責も感じないのは当然だ。それは一方的に日本人にされてきた我々には良く判るんです」これは中国に臣従を誓っている沖縄の上流階層の勝手な思い込みだろう。朝山3佐が視線を送るとママさんは聞こえない振りを演じながらも眼を険しくしている。
「しかし、中国では共産党の承認を得なければ外国企業の活動は多くの制約を受けるはずです。社員の募集と言う理由だけで全ての工場を中国に移すと言うのは博打として危険過ぎませんか」ここで古堅がグラスを持ったので朝山3佐も合わせて水割りを半分まで飲んだ。
「これは中国の友人から聞いた話だから単なる噂として聞いてくれ。月産自動車には糸山英夫教授のロケット開発に携わった部署がある。そこのロケット技術を中国に売ることで信頼を獲得したらしい」「ゴクッ」流石にこの重要情報に朝山3佐は音を立てて唾を飲んだ。その緊張した顔を見て古堅は何故か勝ち誇ったような顔をして本当の追い討ちをかけてきた。
「どうやら月産自動車は自衛隊の軍用車両を製造している四菱(よつびし)自動車の経営に介入することを共産党に要請されているらしい。そうなればロケットに続いて防衛秘密も提供できるから地位は盤石だろう」ここまでくると防衛秘密の漏洩の実態調査と言う本来の任務に関わってくる。しかし、この辺りが潮時のようだ。おそらく古堅は仕事でつき合いがある中国共産党の人間から聞いた話を口にしただけで伝聞情報の域を出ることはない。むしろ語り過ぎたことを反省させては朝山3佐の方に疑惑が向く恐れもある。
「あッ、こんな時間になっている。今日は別の約束がありましてお先に失礼します」朝山3佐は腕時計を見ると慌てたような声を上げママさんに清算を促した。
「私の仕事の先にある大きな夢を知ってやる気が湧きました」これが適当なまとめだろう。朝山3佐は立ち上がると深く頭を下げ、自腹では激痛が走る料金を支払って店を出た。
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  1. 2018/12/07(金) 09:28:40|
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