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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1397

「今年のノーベル平和賞はリウ・シャオポー老師なんだァ」アメリカの職場では本間郁子3佐が出勤しながら買ってきた新聞を読んで歓声を上げた。確かにアメリカの新聞ではアルファベットで「Liu・Xiaopo」と記述しているので周囲で聞いている工藤、杉本、松本も違和感はないが、日本では音読みの「リュウ・ギョウハ」になる「劉暁波」のことだ。ちなみに「老師」は教育者への敬称であって年齢を表してはいない。
「しかし、劉暁波は今年の冬に逮捕されたはずだぞ。中国共産党が恩赦を認めるとは思えないがな」杉本の否定的見解には慣れている本間だが劉暁波の受賞には特別な思いがあった。
本間が愛知大学で愛し合った留学生・中央道(ゾン・ヤオドウ)は帰国して北京外語学院に復学した頃に高まり始めた学生による民主化要求運動に参加した。それは日本で体験してきた「節度ある自由」を中国でも実現したいと言う強い願いに駆り立てられてのことだった。
実は天安門に集まっていた学生たちもヨーロッパ式の政治色を帯びた権利やアメリカ式の市民生活に国家が介入することを拒否する自由を要求していたのではなく中国の将来を担うエリートとして現実的で穏健な政治体制と指導者の意識の変革を願っていたのだ。
劉暁波も過激な行動に走りがちな学生たちを抑制して節度ある態度を堅持させていた愛国的指導者だった。本間は中央道からアメリカの大学教授だった劉暁波の著作物を借りて読んで同様の尊敬の念を抱いていた。実はアメリカに来てからも日本ではほとんど売っていない著書を買い漁って熟読している。だからこの歓喜には熱いものがある。
「最近のノーベル平和賞は的外れな目立ちたがり屋に安売りしているようなところがあるから劉暁波も叩く相手がなくなったところのモグラ叩きなんじゃあないのか」杉本は自分が買ってきた新聞を広げているが見ている紙面にはノーベル賞の記事はない。要するに本間に対する毎度の挑発のようだ。しかし、岡倉は現在、国務省のテーラーと一緒にイランへ潜入しているの助け船を出してくれるのは松本だけだ。
「杉本さん的には『的外れな目立ちたがり屋』とは具体的に誰を指しているんですか」この質問が助け船のようだ。工藤は黙って松本が出したコーヒーをすすっている。
「そもそも1991年のアウンサン・スーチーあたりから当事国の内情に関係なくヨーロッパ的な人権意識だけで選んでいるだろう。2000年の金大中なんて金で買ったことが後でばれて韓国国内では政治問題になっているぞ。去年のオバマだって何も成果が上がっていないのに演説だけで決定だ」杉本としては人権外交で自らの手足を縛ってアメリカの国際的政治力を低下させただけの2002年のジミー・カーターを批判したかったのだが、手近に似たような例があったのでそちらを使うことにしたようだ。
「確かに2007年に地球温暖化でもらった大統領選挙で落選した副大統領も何もできていませんよね」これが岡倉であれば持ち上げておいて落とさずに揺らすくらいの技を使うのだが、杉本はここでは明かしてはいないが年齢と階級が下のため腰が引けたところがある。
「でも劉暁波老師のノーベル平和賞はダライ・ラマやマザー・テレサに匹敵する意味があります。私は劉老師のために何かしてあげたいんです」珍しく本間が燃え上がった。ここにいる隊員たちも死んだ村田はチベットの解放、杉本も北朝鮮に拉致されている日本人の救出と言う個人的な目標を持って危険な任務にも立ち向かっているが、逆に岡倉と松本は任務として淡々と問題を解決しているだけだ。本間も後者だと思われていたが意外にも体形と同様に燃えやすいマッチだったようだ。するとコーヒーを飲み終えて話を聞いていた工藤が口を挟んだ。
「中国共産党は劉暁波氏のノーベル賞の阻止には海外からの批判などは無視してあらゆる手段を講じてくるはずだ。劉氏は1991年に釈放された後も中国国内で民主化運動を繰り広げてきたから存在感が大きくなり過ぎた。今回の逮捕は抹殺を目的としていると見て間違いないだろう。だから・・・」工藤は「自重せよ」と言う結言は口にしなかった。本間も前任者の村田がチベット問題に深入りして命を落としたことは聞いている。しかし、劉暁波は天安門事件の直前、鎮圧部隊と交渉して多くの学生を退避させて救っている。おそらく中央道は祖国の民主化への想いが捨てられず劉暁波の説得に応じなかったのだろう。
本間にとって劉暁波のノーベル平和賞受賞は生涯でただ1人愛した中央道が命をかけて願った民主化への標になるのだ。本間の表情を見て工藤は杉本と松本と顔を見合わせた。
「今田(こんだ=本間の偽名)くん、行動に移す前に台湾の王中校の見解を仰ぐように。これは命令だ」「多分、中国当局はお前の顔と名前、それも本名を把握しているぞ。相手の恐ろしさを絶対に忘れるな」工藤に続いて杉本が真剣な指導を加えてきた。杉本は北朝鮮への潜入を試みて中国当局と接触したことがあった。そこで感じた底知れぬ闇の中に村田は消えたのだ。
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  1. 2018/12/09(日) 10:42:12|
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