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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1399

「君の大学は『中国研究では私立大学随一だ』と言っていたね」王茂雄中校(=2佐に相当)との電話を切った本間に工藤が話しかけた。本間が卒業した愛知大学は戦前、上海にあった東亜同文書院を前身としており、それを継承した研究の蓄積により「中日大辞典」を刊行している。実際、中国語の教育では東京や大阪の外国語大学を凌駕しており、地方から入学してくる学生も多く、外務省のチャイナ・スクール=中国担当にも卒業生を送り込んでいる。
「はい、それは自身があります」盧暁春の失踪の報を聞いて意気消沈していた本間は顔を上げると唇を引き締めて答えた。
「それなら君も中国古典を熟読してきたんだろうな」工藤が目で長机の向かい側の席に座るように促したので本間は問い掛けられた言葉に困惑しながら腰を下ろした。
「いいえ、中国語の変遷を研究するために有名な歴史書などを参照することはありましたが熟読と言うほどは・・・」工藤はこの答えを予想していたようで表情を変えずにうなずいた。
「確かに日本の学校教育では論語を紹介して中国の思想は終わりになってしまうから興味を抱くこともなかったんだろう。しかし、論語も中国の理解と日本の解釈では大きな違いがある。その儒学から発展した思想こそ中国人の発想の基盤になっているんだ」工藤は一般大学を卒業している部下たちに思想的な教育をすることはないのだが今日は特別講座を始めた。
「儒教は日本では主君に仕える臣下の倫理・道徳だと考えられているが、中国では君主論なんだ。だから君主が統治する上での手法を問われた儒者たちが研究成果を遺して多岐にわたりながらもシンカしていった。このシンカは進むではなく深くだぞ」妙なところにこだわるのは言葉による伝達に正確さを期す工藤ならではだ。ここにいる隊員たちの中で唯一高卒=曹侯学生出身の松本も少し離れた席から顔を向けて耳を傾けている。
「つまり中国古典は人間心理の分析と操り方の実例を羅列した教科書のようなものだ」ここまで聞いてようやく本間も工藤が言いたいことが理解できた。工藤は現在の中国共産党による国家体制は長い歴史の中で完成された統治手法によって構築されているため欧米の表面的な人間理解では対抗できない。わずか70年で崩壊したソ連と一緒にすることはできないと言いたようだ。確かに神学校を捨てて共産主義運動に走ったスターリンは無神論者だったが、その手段を選ばぬ謀略にも正当化するための弁明を用意していた。ところが毛沢東は自分こそが唯一絶対の存在であって善悪・可否の評価は必要としなかった。その毛沢東でさえ手を焼いたのは人民による損得の感情・勘定だけだった。
「毛沢東は長年にわたって中国人の精神基盤であった儒教倫理さえも破壊した。中国人は国家や社会に迷惑をかけることには無頓着でも家族・親族だけは絶対に守っていた。ところが毛沢東が文化大革命で密告を奨励してため、親が家族の前で漏らした本音を子供が当局に報告して逮捕させるようになった。親への孝行よりも共産党への忠誠を尊重しているのが現在の中国だ」工藤が出した結論を受けて杉本がパソコンの前を離れ、本間の傍らに歩いてきた。
「中国にとっては海外では法律に定められていないことは何をやっても合法、国内では法律さえも共産党の一存で有名無実。その共産党も権力闘争で立場が入れ換わる。それでも共産党体制と言う看板だけは下ろさない」「つまり中国には正義などは存在しないと言うことですね」杉本の解説を松本が補足した。同僚であった村田を失い、朝鮮半島とイスラム圏から中国の脅威を実感している2人の見解が否定的になるのは当然だが、本間には中央道の祖国をここまで憎悪することはできない。すると杉本は本間の横顔を覗き込みながら話を続けた。
「お前のお友だちは中国共産党に殺され、今度は仲間が消された。お前だって僅かでも相手の善意を期待すればそこにつけ入られて奈落の底で溺死することになる。遺骸は上がってこないな」本間は中央道の存在やその後の悲劇、それが入隊動機であることを口にしたことはないが杉本は察知しているようだ。その言葉をチベットで死んだ村田の事実上の妻であったジェニファーと暮らしている工藤も苦い顔で聞いている。今も村田の遺骸は帰ってきていない。
「それじゃあ私たちは何をすれば良いんですか」ここで本間はあえて「私たち」と言った。中国共産党の世界戦略が「中華(世界の中心の最も華やかな国)」の実現である以上、その魔の手は地球を抱えていることになる。そうなれば担当地域と言う区分を設けている場合ではない。
「実態を暴くことだ。昔はマスコミ以外に伝達手段がなかったが、今は俺でも発信することができる。俺のサイトのアクセス数は下手な新聞の読者数に引けを取らないぞ」つまり中国が株式買収で押さえたマスコミによる世論操作も効果が低下していると言うことだ。
「中国は人民に贅沢を教えてしまったから国内では膨大な需要を賄えなくなっている。ならば兵糧攻めも可能だ」今日の結論は珍しく松本が出した。唯一高卒の曹侯学生おそるべし。
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  1. 2018/12/11(火) 10:52:41|
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