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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1402

天安門を抜ければ中国皇帝の宮殿である紫禁城だ。本来であれば青い空にそびえる大屋根の色瓦が映えて歴史絵巻になるのだが今日は風がないせいか灰色に曇っている。それでも多くの観光客の中には上海国際博覧会のついでに回ったらしい外国人も目立つ。盧は周囲の会話に耳を傾けると北京語や広東語の他に英語やラテン系の言語と日本語や韓国語が聞こえてきた。
「ここからは故宮博物院の係員の案内に従って下さい。紫禁城内は見るべき場所が沢山ありますが午後1時の集合時間に遅れないようにお願いします。1人が遅れると全員が豪華な料理を食べられないことになります」ガイドは天安門の手前で客たちに声をかけた。先ほど2人組の男に拘束されそうになった男性客は簡単に許されたようで何もなかったような様子で合流している。ガイドに促されて短いトンネルのような天安門の通路を抜けて入場した。
「紫禁城は先ず元朝が建設し、それを明朝の永楽帝が1406年から改築して1421年に遷都してからは皇帝の宮殿として使われてきました」やはり博物院の係員は日本で言う学芸員のようで説明に年号を加えている。それを聞いている側が必要としているかは問題外のようだ。
「1644年に起きた農民革命の先駆けである李自成の乱で焼失して明朝は滅びましたが、李が建国した順は1年で満州族に滅ぼされてしまい1949年の同志・毛沢東による中華人民共和国の建国まで清朝によって支配されることになりました。現在の紫禁城は清朝が建てたものです」1911年の辛亥革命で清朝が滅びてから1949年の中共の建国の間には中華民国の38年があったのだが故宮博物院としては説明から削除しているらしい。
「紫禁城は南北に961メートル、東西に753メートルの広さがあり、城壁は高さ12メートル、南に正門である午門、北に神武門、東に東華門、西に西華門があります」この説明をしているところで午門を潜ると映画「ラスト・エンペラー」でも見た宮殿正面が広がっていた。すると映画を見たらしいヨーロッパ系の観光客たちはカバンから本格的なカメラを取り出し、日本人と韓国人は携帯電話で記念写真を撮り始めた。
ここからは建物内の見学になるが台湾の故宮博物院ではガラス・ケースの中に展示してある絵画や彫刻、焼き物などの文化財や宝物を見て回るのだが、こちらは清朝皇帝が生活した建物と贅を凝らした装飾や調度品を鑑賞する。当然、手で触れることはできない。周囲を見回しながら歩いて行くと日本人が「京都のお寺の拝観みたい」「少し装飾過多じゃあないの」「かえって落ち着かないわよね」と言い合っているのが聞こえてきた。
その時、制服を着た警備員が廊下に走り込んで来てロープを張って客たちを壁際に押しやった。
ヨーロッパ人たちは「ノー(英語とスペイン語)」「ノン(フランス語)」「ネイン(ドイツ語)」と文句を言い韓国人は「ムエオセウル(何をする)」と怒ったが日本人は素直に従った。大多数の中国人は当局には逆らわないので機械的に壁際に移動した。
「観覧中のところ申し訳ありませんが、外国の要人が見学することになったので警備の必要上、そのままでお待ち下さい」係員が北京語、英語、韓国語で説明し、最後に日本語をつけ加えた。やはり今回の政権交代でアメリカとの同盟関係が揺らいでいる日本は完全に舐められているのが判る。するとそこにアジア人の男性が案内されてきた。
「あれは・・・」盧はその男性の顔を見て喉まで出かかった名前を呑みこんだ。それは馬英九政権の首脳陣の1人で閣僚ではなく高級官僚として実務で権力を揮っている。そんな人物が外国要人として処遇されていることに盧は疑問以上の疑惑を抱いた。
「誰と接触しているのか確認しなければ」その人物は待たされている客の冷たい視線を避けるように見学とは思えない早足で通り過ぎていく。盧は目の前の警備員に「トイレに行きたい」と声をかけた。トイレは進行方向とは逆だ。警備員は顎で許可を与えた。
盧はトイレに入ると周囲を確認した。警備員や職員は要人警護に動員されているようで人影はない。盧は徒歩としては最高速度で入口から天安門に向かった。
外国の要人であれば天安門の前まで専用車を乗り付けているはずだ。ならば広場の外でタクシーを拾って追跡させなければ目的は達成できない。勿論、料金は支払い可能な限度額を提供することになる。それを経費で落とすことはできないが使命感の前では考慮に値しない。
盧は客待ちしているタクシーを拾うと間もなく通過した外国要人専用車両を追跡させた。その時には北京語を話し、一般市民を演じているのは言うまでもない。
「あれは政府の車じゃあないか。お客さんは何者なんだい」追跡を命じられた運転手はルーム・ミラーで盧の美貌を眺めながら質問してきた。
「私はネット・ニュースサイトの編集者なの。あの車がどこに向かうのかを確かめたいだけよ」盧の答えに運転手は「もうすぐ開放地区を出ます」と説明して前を向いた。
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  1. 2018/12/14(金) 10:02:35|
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