FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1404

「モリヤ2佐、沖縄へ出張してくれないか」9月中旬、唐突に法務官から命令を受けた。私としては担当している護衛艦・あまごと漁船・軽得丸の衝突事故の裁判の最終弁論が迫っており、短期間とは言えここで席を外すことはできない。
「私は現在、あまごと漁船の・・・」「君の言いたいことは判る。確かに担当している公判の最終段階で出張を命ぜられては納得できないのは当然だ。しかし、これは自衛隊情報保全隊からの強い要望で統幕長、ウチの幕長も了承されている特別な任務なんだ。よろしく頼む」私の遠回しの拒否に法務官は事情を説明した。自衛隊情報保全隊司令の井上将補は佳織がハワイで勤務している時の間接上司で私も話したことがある。
「判りました。それで何をすればよろしいのでしょうか」私の承諾に法務官は少し表情を緩めて手で「(楽に)休め」を促した。私は基本教練の姿勢だけではなく気分も「休め」に移行した。
「海上保安庁は尖閣諸島での中国漁船の巡視船への衝突事件で逮捕された船長を地検の石垣支部に送検したんだが・・・」「容疑は公務執行妨害だけですよね。どうせなら不法侵入と器物破損、海上衝突予防法違反も一緒にすれば良いんです。こちらの弱腰は中国に見透かされているんですから」私の補足意見に法務官は苦笑いした。実際、中国は日本の検察が告訴に向けての手順を進めていることに対抗措置の発動を示唆して脅しをかけてきている。
「缶政権には中国の圧力に抗する考えはない。それがどんな形で那覇地方検察庁や石垣支部に及んでいるかを知りたいんだ」法務官の説明に私も興味が湧いてきた。考えようによって現在の自衛隊にとって政府と与党は信頼するに足りない内なる敵と言うことだ。
「問題は私が現在、同じような海事事件の裁判で検察と一戦を交えている仇役であることです。相手が身内を守るために情報開示を拒むことは大いに考えられます」「確かにその点には不安材料でがあるが司法試験に合格した自衛官と言うセールス・ポイントを目一杯売り込んでくれ」これで話は決まった。あとは沖縄本島だけでなく石垣島にまで出張する個別命令の口実をどうするかだ。運悪く石垣島を含む八重山群島に自衛隊は配置されていない。沖縄地方協力本部の石垣出張所に法務上の確認事項を捏造するしかないようだ。
「丁度、滝沢弁護士の裁判が終わったところだから君が抜けても心配はいらないよ」続いて統合幕僚監部の首席法務官に挨拶に行くと意外に冷淡な反応だった。滝沢弁護士は地元で頻発している暴力事件での相談が殺到して手が離せなくなった上、法律顧問の委託を受けている学校で傷害事件が発生したため実際は戦力外になっていた。
「牧野弁護士がいますから引き継ぎは必要ないですね」「それでも君が独自に調査していることがあれば申し送ってくれ」この口調では私の方が戦力外通告を受けているようだ。おそらく今回の出張の要望が出される前に自衛隊情報保全隊司令から首席法務官に確認があったはずなので、そろそろ持て余していたのかも知れない。何はともあれこれで妊娠したあかりに会える。初めて淳之介夫婦の生活ぶりも確認できるのだ。その意味では任務に困難が予想されても有り難い出張=官費旅行ではある。
「それじゃあ梢さんに会ってきなさいよ」その夜、週末で帰宅した佳織とのパジャマ・ミーティングで沖縄への出張の話をすると内心は願っていながら口にできなかったことを命じた。
「残念ながら那覇には行きと帰りに地検(地方検察庁)に寄るだけで宿泊は石垣島なんだ」今回の出張では政府から現場に加えられる圧力の実態を確認することを目的にしているため石垣島を中心に活動する予定だ。このため月曜日に航空自衛隊の輸送機で那覇へ飛び、夜には石垣島に向かう。帰りも金曜日の朝の民航で那覇へ戻り、午後の輸送機で入間基地へ帰る予定だ。これでは梢に会っている余裕はない。すると佳織が行動予定そのものに疑問を示した。
「政府が圧力をかけてくるなら那覇地方検察庁を通じてしかあり得ないじゃない。検査庁だって指揮系統は機能しているでしょう。官房長官が石垣島の下っ端検察官に『千石だ』って電話してくると思うの」確かに状況判断を誤っていたようだ。今回の出張は民間航空を利用する予算根拠がないため急ごしらえの苦肉の策になった。そんな行動計画を確認した法務官も首を傾げていたが、それでも承認印を押したのは私なりの目算があると考えたのだろう。
「判った。梢に予定の変更を連絡して移動と宿泊の手配を頼もう」「それなら梢さんの家に泊めてもらえば良いじゃない」ここまで来ると冗談としても悪質だ。私が性的能力を喪失していることを前提にしているとしても、真剣に愛し合った者同士に精神的浮気を挑発しているようではないか。私は少し立腹しながら自分のグラスに冷や酒を注いだ。
「今の貴方には癒しが必要なのよ。それには梢さんが一番でしょう」佳織はそう呟いて自分のグラスを口に運んだ。私にはその目がどこか寂しげに見えた。
スポンサーサイト



  1. 2018/12/16(日) 10:43:28|
  2. 夜の連続小説8
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<振り向けばイエスタディ1405 | ホーム | 振り向けばイエスタディ1403>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/5076-1584beb6
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)