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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1407

「モリヤ2等陸佐もそう思いますか」検察官は名刺に書いてある階級をそのまま敬称にしてきた。これが弁護士用であれば「モリヤ弁護士」になるところだ。検察官は嫌味でない限り弁護士を「先生」とは呼ばない。
「滋賀景子法務大臣は弁護士や国会議員としての活動は私的行為として一線を画した上で法務大臣としての職務を誠実に遂行しておられましたが、今度の法務大臣は法制に関わった経験は全くないじゃあないですか」先週の金曜日に行われた缶内閣の改造、と言うよりも退陣した雀山内閣を引き継いだ閣僚を自分好みに交代させた新内閣では民政党の人材不足が完全に露呈し、法務大臣には工業・技術系の経歴が中心の人物が就任した。
「全く同感です。まさか自衛隊の人が滋賀大臣を評価しているとは思いませんでしたよ」本当は自衛隊でも元社人党の滋賀前大臣を評価しているのは極少数派なのだが、私は是は是、非は非であって経歴にはあまり拘らない。
「問題は法務大臣が素人となると司法が一部の勢力にはやり手と評されている弁護士に牛耳られることです。あの敏腕弁護士は検察の天敵じゃあないですか」私としては遠回しに千石官房長官の暗躍の可能性を指摘したのだが、検察官は千石弁護士が当時の警視庁警務部長宅に送りつけられた爆弾が爆発して妻が死亡した事件などの刑事裁判で容疑者とされた過激派の無罪を勝ち取った1985年の判決は生まれる直前だったようだ。
「それは千石由人官房長官のことですか・・・すでに始まっていますよ」意外に簡単に目的を達してくれた。ここで間を取るためコーヒーを飲みたいところだが検察官の個室にはそのようなサービスをする事務官は割り当てられていないらしい。
「7日の尖閣諸島で巡視船に漁船が衝突してきた事件以来、中国から圧力が加わる度に『送検するのか』『拘留延長するのか』『告訴するのか』と訊いてくるんですよ。これが単なる質問じゃあないのは判るでしょう」その電話を受けているのは那覇地方検査庁でも上層部にはずだが若手にも批判が伝わるほど高圧的な態度なのだろう。
「しかし、検察も司法の独立は死守しているんでしょう」私の質問に検察官は視線を反らした。実は私自身が徳島水子の政治的目的による刑事告発で殺人犯として裁判に掛けられている。その意味でも司法の独立は定義が難しい。
その夜、私は梢に会った。目的は水曜日に石垣島に向かい、木曜日に帰る民間航空の搭乗券を受け取るためだ。夏の日差しが弱まり始める9月中旬は23日の秋分の日が祝日のため夏の観光シーズンとは別の賑わいがあり、予約なしの飛び込みで搭乗券を取るのが難しく梢の手を煩わすしかなかったのだ。
「貴方、久しぶり」「うん、色々無理を言ってすまなかったな」地検から那覇基地の地方自衛隊情報保全隊に戻り、専用電話で東京に状況報告を終えた後、空港に寄ると梢も仕事を終えるところだった。沖縄では日没が遅いので気がつかなかったがとっくに課業時間は終わっている。やはりパソコンではなく手書きで報告文書を作成したことに時間を使ったようだ。
「それにしても制服のまま外出して来たのね。全く変わっていないわ」ツーリストのカウンターの前で待っていると梢は陸上自衛隊の制服を着ている私を見て呆れたようだ。確かに私は空曹時代に夏服が灰色から青色に変わったの機会にBXで私物の1種夏服を仕立てて、普通はスーツやブレザーを着るような時にはそれで通していた。梢とのデートでもネクタイを締めていくような高級感がある店には制服だったのだ。ただし、沖縄では有り得ない制服姿に多くの人はアジア系のアメリカ兵と思っていたようだ。今回は公務なので当然制服になる。
「でもその服装じゃあお酒を飲みには行けないわね」梢はカウンターから出てくるともう1度私の服装を見直して首を傾げた。
「1軒だけ大丈夫な店があるだろう。一緒に通ったじゃあないか」「そうかァ、自衛官じゃあないと入れない店ね」話を決めて背中を押すと自衛隊とツーリストの制服を着た中年カップルは客がまばらになった那覇空港国内線のロビーを歩いて外に向かった。これから梢は本店に戻り、空港カウンターからメールで通知した旅券の申し込みと発券の収支報告書を提出する。
その後は夕食になるが先ずはデート・コースを再現して国際通りのなみさとファッション・ビルのアルデン亭でスパゲティを食べる。次は奥武山公園にあるアメリカ軍のシーメンズ・クラブで酒を飲むのが今日のプランだ。尤も、制服でアルデン亭に入ることが拙いようならシーメンズ・クラブで夕食も悪くない。シーメンズ・クラブでは本場のアメリカ料理も楽しめるので(本来はレストラン)、頭の中で厚さ3センチのビーチサンダルのようなニューヨーク・ステーキが「ジュー、ジュー」と音を立て始めた。
す・純名里沙イメージ画像
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  1. 2018/12/19(水) 10:36:14|
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