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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1413

この日は最初の検察支部では昼休みを延長してもらって話を聞き、続いて海上保安部へ出向いて事件の実態を確認し、取り調べが終わる時間を見計らってもう一度、検察支部へ寄ってきた。
その後は地方協力本部石垣事務所で課業時間が終わるのを待って帰宅する所長の私有車で淳之介のアパートに送ってもらった。
「それにしてもあの定期船の船長がモリヤ2佐の息子さんだったとは驚きました」所長の1等空尉は今日1日で知り合いになったように話しかけてくる。この人懐っこさも広報官には必要な素養なのかも知れない。広報官は石垣島内だけでなく離島でも広報活動を行っているので淳之介の定期船を利用することもあるようだ。ただし、離島には高校がないので隊員の募集はない。
「うん、婿養子に入ったんで今は安里姓になっているけどね」「そう言えば顔見知りの乗客から安里くんって呼ばれることがありますよ」こんなところで淳之介の仕事ぶりを聞かせてもらって親として嬉しくなる。この所長が曹侯学生17期生の後輩であることは先ほどの雑談で聞いているが職種は教育幹部で防府南基地から転属してきたと言うのはいただけない。尤も、航空教育隊に嫌気が差して陸上自衛隊に逃れた者がいつまでも毛嫌いしているのは大人げないから、そろそろ記憶を消去して同業他社の赤の他人になるべきかも知れない。
「あかり、来たぞ」淳之介のアパートの部屋のドアのチャイムを鳴らし、開いている窓の網戸越しに声をかけると中から「お義父さん、いらっしゃい」と言うあかりの返事が聞こえてきた。
「あわてなくても良いぞ。ユックリ来なさい」視覚障害者の上、妊娠初期である嫁を心配して注意したが手慣れた様子でドアを開け、チェーンを外してあかりが顔を見せた。本当はここで抱き締めたいところだが、それは淳之介の許可を受けての作法なので不在時は実施できない。
「元気そうだな。お腹は順調か」「はい、毎週、通院して確認を受けています」佳織と美恵子はこの時期から3カ月までは2週間に一度だったように記憶しているが、あかりは障害のこともあり主治医も特別に注意してくれているようだ。
「どうぞ上がって下さい。散らかっていますが」「おう、お邪魔するよ」気がつくとあかりは裸足でドアの外まで出ている。やはり少し慌てて草履が履けなかったに違いない。
「髪を切ったんだね」「はい、吐く時に邪魔になりますから」あかりは長い髪を切って全くイメージが変わっている。やはり長い髪ではつわりで吐く時、便器に入ったり、吐瀉物がかかったりするため仕方ない処置なのだろう。
「よく似合ってるよ」「淳之介さんもそう言ってくれます」これはお世辞ではない。実はつき合っていた頃の梢もショート・ヘアだったのその記憶と重ねているのだ。
「そう言えば預かっている物を渡す前にやることがあった。蚊取り線香を焚く皿を貸してくれ」私は居間の座卓に腰を下ろす前に部屋の隅に置いてある蚊取り線香皿を見つけて台所の冷蔵庫に来客用の缶コーヒーを取りに行っているあかりに声をかけた。兎に角、梢に約束した安産祈願を済まさなければ母の想いがこもったマタニティーを渡すことができない。
私はいつも携帯している坊主グッズをカバンから取り出し、線香に火を点けて蚊取り線香皿に寝かすと数珠を揉みながら経の選択を御佛に任せる。今日もあらためて竹林寺に行ってみたがやはり地蔵菩薩には会えなかった。するとこんな子守唄が口から出た。
「天(てぃん)からぬ恵み 受きてぃくぬ世界(しけ)に・・・ゆういりよーやー ヘイヨーヘイヨー 勝(まさ)さてぃ給(たぼ)り」これはNHKの連続ドラマ「ちゅらさん」で紹介されて有名になっ古謝美佐子の「童神(わらびがみ)」だ。歌詞の中では子の生育を願う親心が切々と語られていて「父母恩重経」にも通じる趣がある。
 「オン・マイ・タレイヤ・ソワカ・・・願以此功徳 普及於一切 授与守加護 母子共安産」唄い終って沖縄の守護佛・弥勒世果報=弥勒如来の真言を唱え、祈願の趣旨を回向した。咄嗟に普回向を改作できるのも御佛の意思に任せているからに他ならない。
手を合わせて数珠を揉み、深く頭を下げると後ろで大きく息を吐く音が聞こえた。下げた頭で目を開けると知らない間にあかりが後ろで正座し、一緒に手を合わせて頭を下げていた。
「ほい、これは安里家とモリヤ家のお母さんたちからのお祝いだ」私は座卓の上から紙袋を取ると線香の煙に燻(くゆ)らせてからあかりに渡した。
「これは・・・」「2人が使ったお古のマタニティーだよ。ワシの安産祈願つきになった」紙袋から4枚のマタニティーを取り出したあかりに説明するとそれを胸に抱いてうなずいた。
今日のあかりはユッタリとしたワンピースだがまだ腹が膨らんでいないので圧迫さえしなければこれで良いのだろう。これから腹の中の初孫が成長していくとこのマタニティーが活躍することになる。そんな姿を想像しているだけで幸せな気分になるが今は公務出張中だ。
た・安里あかりイメージ画像
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  1. 2018/12/25(火) 11:20:03|
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