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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1415

「親父、『ばすきなよお』へ飲みに行こうよ」夕食を終えてあかりが洗い上げを始めた時、淳之介が唐突に提案してきた。流石の私も「ばすきなよお」と言う単語の意味(「忘れないで」)が判らず「お好きなようって何だ」とボケをかました。飲みに誘うくらいだから居酒屋の名前だろうか。
「親父が若い頃にお義母さんと飲みに行っていたスナックだよ。ママさんも少しずつあの頃のことを思い出しているから連れて行ったら完璧になると思うんだ」淳之介の説明に私の方こそ記憶を辿ってみたがやはり思い出せない。石垣島には八重山の離島に単身赴任していた梢の父親に会うために何度も来ていたが夜遊びをした記憶はない。それにしてもどうして淳之介がその店「ばちさよお」に通うようになったのか。
「あかり、親父と『ばすきなよお』に行くけどお前も一緒に行くか」「でも、明日は仕事でしょう。飲んで大丈夫」あかりは洗い終わった食器の表面を指で撫でて脂分と洗剤が残っていないかを確認しながら訊いてきた。最近は道路交通法の改悪(=自己管理が及ばないアルコール濃度を判定基準とすることは机上の論理である)の影響で乗務前のアルコール検査が一般的になっているので淳之介も乗務前夜の飲酒は控えているのだろう。
「うん、親父をママさんに会わせるだけだ。水割りをグラス一杯飲むだけで帰ってくる」「だったら私も行く。お義父さんに教えてもらいたい歌があるから」どうやら話が決まったらしい。ところで私はあかりが制服を洗濯してくれたのでパジャマ代わりのOD色のTシャツとジャージのバミューダ―・パンツだがこの格好で良いものか。
「おーりとーり(いらっしゃい)」「くよなーらー(こんばんわ)」淳之介が(多分)八重山方言で挨拶して入ったスナック「ばすきなよお」には確かに来たことがある。あれは梢とハイムルブシ(南十字星)が見える場所を探しながら街明りが届かない海岸沿いの道を歩いていてここまで辿りついたのだ。
「ママさん、親父を連れて来たよ」あかりにつき添いながら店に入ると淳之介はカウンター越しに初老のママさんと話していた。この内装にも見覚えがある。ただし、ママさんはもっと若くて美しかったはずだ。するとママさんは私よりも先にあかりに声をかけた。
「あかり、髪を切ったねェ。よく似合ってるよ・・・そうだ。お母さんにそっくりさァ」どうやらママさんはあの頃の梢の顔を覚えているようだ。
「ママさん、これが親父です」「モリヤです。息子がお世話になっています」「こちらこそお久しぶりです」あかりをカウンターの席に座らせると淳之介が紹介したので挨拶を交わした。
「久しぶり」と言いながらもやはりママさんは怪訝そうな顔をしている。おそらくママさんも20歳代前半だった青年が50歳目前の中年オヤジになっていることに私以上に困惑しているのだろう。それでも体型だけは糖尿病の関係で細身なのであまり変わっていない。
「あの頃もスポーツ刈りだったけど今はツルツルに剃ってるんだね。本当は禿げたねェ」3人が席につくとママさんは絞りタオルを配りながら話しかけてきた。ママさんとしては私のイメージが変わってしまった理由を自分なりに探っているのかも知れない。
「ママさんは相変わらずお美しいですね」「嘘、隣りの彼女ばっかり見ていて私なんて眼中になかったじゃない」その彼女の娘は母と義父の熱愛ぶりを想像して微笑みながらうなずいた。
「そうだ。ワシに教えて欲しい歌って何だ」私はママさんが淳之介の注文で薄い水割りを作り始めたところであかりに訊ねた。明日は淳之介は仕事であり、私も昼前の飛行機で那覇へ帰らなければならない。あまり長居はできないのだ。
「今日、お父さんがマタニティーの安産のお願いに唄って下さった島唄です」どうやら「童神(わらびがみ)」のようだ。この歌は子守唄なので2人に教えるのは丁度良い。
「それじゃあ古謝美佐子の『童神』をお願いします」「やっぱり島唄ねェ。ナイチャァ(本土の人)なのに本当に不思議な人さァ」ママさんは突然、現れた観光客ではないナイチャアが次から次に島唄を熱唱したことで記憶に刻まれたのかも知れない。
「天からの恵み 受きてくの世界に・・・」あかりは聞きながら歌詞を頭に刻んでいるようだ。そこで私は2番も1番の歌詞で唄うことにした。
「もう一度、1番を唄うよ。憶えなさい」短い間奏の間にあかりに声をかけると1番を繰り返した。しかし、レーザーの画面は2番の歌詞を流しているので完全に記憶だ。
「・・・泣くなよーや ヘイヨー ヘイヨー 太陽(てぃだ)の光受きてぃ ゆういりヨーや ヘイヨー ヘイヨー 勝さてぃ給り」結局、1番を3回唄った。
「これって『ちゅらさん』で恵達の子供が生まれる時に流れていた歌だね」拍手しながら淳之介が確認してきた。やはり沖縄に来ることを決めたドラマの記憶は鮮明なままのようだ。しかし、私がこの歌を知ったのは2002年春の「みんなのうた」での山本潤子バージョンだった。
ばちさよお若い頃のママさん
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  1. 2018/12/27(木) 09:28:03|
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