FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1418

「こんばんは」「いらっしゃい」首里でも史跡がある丘陵地帯から少し外れた儀保に安里家のマンションはある。ドアを開けて玄関に入ると奥から両親が声をかけてきた。
「今夜はお世話になります」「いいえ、よく来てくれました」リビングのソファーの手前で正座して床に手をついて頭を下げると両親は椅子に座り直して深くお辞儀をした。
「先ずお兄さんにお参りさせてもらいたいんですが」「やっぱりモリヤさんだ。よろしくお願いします」私の唐突な申し出を両親は予測していたように快諾すると席を立って奥の部屋へ案内してくれた。奥の部屋は和室になっており、角の箪笥の上に沖縄式の佛壇が置いてあった。
儒教の流れで祖先崇拜を宗旨とする沖縄では本土のように戒名をつける風習がないため、佛壇には死者の名前を記した木の札を並べる。父が分家した安里家では兄の恵昇だけだ。
「私は浄土宗ですが阿弥陀如来の代わりに弥勒世果報で念佛を唱えさせてもらいます。お経は宗旨に関係ない奈良佛教の華厳経唯心偈にしましょう」安里家の3人が後ろに並んで座ったので坊主が檀家の法事を勤めるように説明した。そうしてカバンの中の頭陀袋から数珠と線香を取り出して母が灯してくれたロウソクで火を点け香炉に立てた。沖縄の線香は板状なため立てずに寝かして焚く。だから後で灰の中で燃え残った下部を回収しなければならない、
「華厳経菩薩説唯心偈・・・心は工(たくみ)なる画師の如し 種々の五陰(ごうん)を描き 一切世界の中に 法(もの」として造ざるなし・・・」数珠を揉んだ後、読経を始めた。これは奈良での司法修習の時に親しくなった東大寺の学僧に教えてもらった経文だ。手渡された紙には漢文で記されていたが学僧は音読ではなく訓読で唱えていた。
「南無弥勒世果報(なむむるくゆがふ) 南無弥勒世果報 南無弥勒世果報・・・」最後は浄土宗式に名号を十念してお参りは終わった。すると梢は夕食の支度に立っていった。
「今夜は貴方の希望通りにフーチバ・ジューシー(蓬の雑炊)と中身汁(豚のモツの吸い物)、メインはナーベラ(糸瓜)の味噌炒めよ」ソファーで両親と勤めた経文の質疑応答をしていると梢がお盆に載せた料理を運んできた。梢は「希望通り」と言うが希望を述べてはいない。しかし、つき合っていた頃から私は梢に希望を口にする必要はなかった。一緒に買い物に行っても私が手を伸ばそうとする物を先に取っていたのだ。
「はい、全問正解です。マーサイさァ(美味しそうだ)」目の前に並んだ好物を見ながら私は深くうなずいた。そうして向かい合って座ると一緒に手を合わせる。
「カッチーサビタン」「いただきます」口上は相変わらず本土の私がシマグチ(沖縄方言)、シマンチュウの梢が標準語になっている。昔と変わらぬ不可解さに両親も苦笑していた。
「最近、佳織は電話で貴方の話していると『私ならどうする』って訊いてくるの・・・何だか自信を失っているみたい」夕食を終え、父と私が石垣島で買ってきた島酒・宮の鶴を飲んだ後、ベランダで夜風に当たりながら梢が意外なことを口にした。確かに今回の沖縄出張が決まった時、佳織は「癒されるため」に梢に会うことを強く勧めてきた。そして実際にこの1週間で私は生気を取り戻ることができた。
「ハワイで佳織と飲んだ時、折角、貴方と結婚したのに仕事を優先せざるを得なくて一緒に暮らすことができない。それが貴方に申し訳ないって言っていたのよ」言われてみれば私と佳織は結婚してから一緒に暮らしたのは守山での5年間と陸幕勤務になった半年だけだ。守山では2人が交代で半年間のAOCに入校しているから合計1年を引かなければならない。
「ワシは佳織と一緒に頑張っているつもりだけどな」「それは判っていても、貴方が苦難に直面した時も傍に入られなかった。それで自分が許せなくなったみたい。拘置所に収監されている時はアメリカだったんでしょう」この台詞は別の人間が口すれば佳織を揶揄しているように聞こえるが梢が逆なのは誰よりも私が判っている。
ここまで言えば私がその先を真剣に考え始めることを理解しているのが梢だ。そんな沈黙の中、梢が夜空を見上げながら懐かしい希望を口にした。
「ねェ、あの歌を唄おうよ」あの歌で通じるのが私たちだ。この絆は佳織も超えられていない。何よりもこの絆を引き裂いたモリヤ一族は絶対に許せない。
「見上げてごらん夜の星を 小さな星の小さな光が ささやかな幸せを唄ってる・・・」この「見上げてごらん夜の星を」は作詞の永六輔、作曲のいずみたく、歌唱の坂本九が夜間高校で学ぶ生徒たちに贈った名曲だ。私は生徒会長だった時、文化祭の準備などで遅くなり、夜間部の生徒が登校してくるとカセット・テープでこの歌を流して出迎えた。以来の愛唱歌だ。
「・・・手をつなごう僕と 追いかけよ夢を 2人なら苦しくなんかないさ・・・」唄いながら本当に自然な流れで手を握り、抱き寄せ、四半世紀ぶりの口づけを交わしてしまった。 
お・純名里沙四半世紀前の梢
スポンサーサイト



  1. 2018/12/30(日) 10:21:29|
  2. 夜の連続小説8
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<振り向けばイエスタディ1419 | ホーム | 振り向けばイエスタディ1417>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/5104-1479783f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)