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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1422

岡倉は国務省のテイラーと2人でイランにいる。名目上は近年、相次いで世界遺産に指定を受けている文化財の図録を発行する企画を有する出版社から派遣された編集記者の資格だが、真の目的が別にあるのは言うまでもない。
イランでは2009年6月に行われた大統領選挙で保守派のアフマディーネジャードが大差で再選されたが、対立候補だった改革派のミール・ホセイン・ムーサヴィーは「不正が行われた」として選挙そのものの無効を主張しており、最高指導者であるアーメイ・ハーメネイー師は「選挙に不正はなかった」とする裁定を下して改革に事態の鎮静化を命じたが、その効果は現れておらず都市部を中心に暴動が頻発している。
その一方で核開発疑惑が払拭されずフセイン政権の崩壊でイランから亡命してきた科学者やパキスタンで実験に成功した技術者を秘かに集めていると言う噂が絶えない。
「シマムラ、取材に入って2カ月になるがそろそろアルコホールが飲みたくないか」テイラーはホテルの部屋でイラン製の果実風味の炭酸飲料水を飲みながら不満を口にした。
「イランはイスラム圏ではアルコホールの消費量が多いんだが、外国人に対する監視は相変わらずだから我慢するしかないな」岡倉も温くなった炭酸を飲みながら諦めるように促した。
「イランはパーレビ王朝の頃にイスラムの戒律を解禁しているから国民もアルコホールの味は知っているはずだ。外国人こそ大目に見るべきだろう」」テイラーの指摘は間違いではないが、その西洋かぶれな国王にアッラーの裁きを加えたのがアーヤットラー・ホメイニー師であり、1979年のイラン革命以降はイスラムの戒律を厳格化する努力が続けられているのだ。
ただしイラクの国内事情の難しいところは北部の山岳地帯にはキリスト教徒のアルメニア人が住んでおり、彼らにはイスラム教の戒律を押しつけることはできない。またイランはイスラム教でも預言者・ムハンマドの血統を重んじるシーア派であり、戒律に対する考え方は比較的柔軟なため国民の意識も建前と本音を使い分ける傾向が強い。それがアルコホールの消費量にも反映されているようだ。実際、テヘランの街を闊歩している女性たちの多くは軽装でかつてタリバーン政権下のアフガニスタンで見たイスラム式の服装とは似ても似つかない。
「ここまでで現時点で世界遺産登録されている史跡や文化財の取材は終わったんだが、この先、登録を申請することが予想される場所も取材しておかないとな」「うん、目標に関しては何も判っていないから取材範囲を広げなければいけないぞ」2人もイラクでの滞在が2カ月になるとホテルの部屋での盗聴を警戒する意識も薄れてきているところがあり、テイラーが英語とは言え疑われる惧れがある表現をした。そこで岡倉がそれを解消するための話題に換えた。
「今まで行った場所は1979年登録のチョガ・ザンビールとエスファハーンのイマーム広場」「どちらも南部の古代都市とアラベスクのモスクで囲まれた広場だったな。パーレビ国王の置き土産だ」岡倉の確認にテイラーは地図を指差し、記憶を辿りながら応じる。
「2003年登録のタフテ・ソレイマーン、2004年のパサルガダエとバムとその文化的景観」「この登録順で回ったからイラン国内を行ったり戻ったりする羽目になったんだよな」「そうだな」ここまででも所在地は南部から西部まで分散し、幾つかは隣接していた。しかし、下調べをする時間も与えられず誘われるままに旅立ったのだからこれも仕方ない。
「それから2005年のソルターニェ、2006年のベヒストゥン、2008年のアルメニア修道院、2009年のシューシュタルの水利施設」「これでイランを2周目だ」テイラーは恨めしそうな顔をするが、その移動中にもイランの現状を観察できたのだから目的には適っている。
「最後に2010年に登録されたばかりのタブリーズのバザールとシャイフ・サフィー・アッディーン廟」「イラン当局にも登録順と言ってあるから疑われなかったが、ここから先が難しいところだ」「うん、今後の予定になるからな」当然、取材には当局のガイド兼監視役が同行している。2人ともペルシャ語には堪能だが、当局との交渉はテイラーが担当している。
「イラン政府としても海外で宣伝してもらうことは願っているはずだから、推薦を検討している地域を教えてくれと訊くことも戦術的にはありじゃあないか」「それはそうだが、アメリカ人は警戒心されるからイランでの信頼抜群の日系人に任すよ」テイラーはそう言うとベッドに仰向けに転がった。イランでは独立後も旧宗主国・イギリスの従属化に置かれてきたが、1951年にイラン政府が石油の国有化を宣言したことによりイギリスが輸出を阻止するため海軍を派遣してペルシャ湾を海上封鎖した。これに独立後も旧連合国・アメリカとイギリスの資本を通じてしか石油を輸入できない日本の現状に鬱屈した思いを抱いていた出光佐三がタンカー・日章丸を派遣して輸入を強行した。この1953年の事件を通じてイランは日本に対して絶大な信頼と敬意を抱いているのだ。岡倉は自分がイランに敵意を抱けない理由が判ったような気がした。
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  1. 2019/01/03(木) 11:36:38|
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