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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1423

「現在、我が国がユネスコ(=国際連合教育科学文化機関)の世界遺産委員会に推薦しているのはペルシャ庭園だよ」次の取材方針を説明するために政府の観光と文化財管理を担当する役所を訪ねると顔見知りの担当者はアッサリと答えた。
世界遺産登録にはユネスコに提出している暫定リストの中から推薦する対象を選んで公文書として提出すると文化遺産であればICOMOS(=国際記念物遺産会議)、自然遺産であればIUCN(=国際自然保護連合)が現地調査を行う。つまりすでに推薦は行われていて、それが実現するか否かの審査の段階のようだ。
「それなら我々が取材して海外で宣伝すれば後押しになるんじゃあないか。もっと積極的に協力するべきだろう」テイラーの苦情に担当者は皮肉な笑顔を浮かべて岡倉を見た。
「最近、君の母国・日本も世界遺産登録に熱心なようだが、やはり観光客を集めるための宣伝だな」「私は長い間、帰っていないからよく判らないんだが、日本には国宝や重要文化財と言う制度があって、こちらの審査は文部科学省の専門家が厳格に行うから難しいようだ。その点、世界遺産は素人の政治屋に陳情すれば選挙の人気取りに応じてくれる上、同様に知識がないマスコミが宣伝するから簡単で、『世界』と言う看板が観光には役立つみたいだよ」岡倉がアメリカに渡った当時はまだ日本には世界遺産は存在しておらず、屋久島と白神山地が世界自然遺産に登録されて国立公園以上の生きた自然の景観に日本中が感激する直前だった。
「要するにイラク政府がユネスコに提出している暫定リストを見せてもらえば今後の取材先が決められると言うことだ」岡倉と担当者の雑談が一段落したところでテイラーが現実的な意見を挟んだ。これが日本であれば国や地方自治体の公的事業を市民に周知するため必要以上に華美な資料を用意しているものだが、イランではそのような意識はなく担当者は業務用の資料を綴った分厚いバインダーを机の上で広げて探し始めた。
その時、事務所の外の大通りで群衆の叫び声が響き、クラクションを鳴らす喧騒が聞こえてきた。岡倉とテイラーは振り返り、担当者も首を伸ばして砂で汚れた窓ガラス越しに外の様子を見た。それは確認するまでもなく大統領選挙後に頻発している抗議行動だ。イランで1979年の革命以来、イスラムの戒律を徹底するため日本の学校の生徒指導部のような治安組織が強化されており、抗議行動が暴動に発展する危険はそれほど感じていないが、それでも投石などが始まれば治安部隊が制圧に乗り出すのは間違いなく事態は激化しかねない。
「そう言えば我々の書籍は世界遺産を紹介するだけでなく観光ガイド的な要素も加える予定だから安全に関しても具体的に書く必要があるな」岡倉の提案にテイラーもうなずいたが、担当者は顔をファイルに向き直すと1枚1枚目を通しながらめくっている。ペルシャ語とアラビア語は発音に違いはあっても文字はほぼ共通しており、情報の記録にはあまり向いていないのは確かだ。岡倉は日本式に分野ごとに色画用紙の表紙で綴じてインデックスの見出しをつける整理方法を教授したくなった。
やがて担当者は1枚の書類を見つけてファイルのまま差し出した。フィイルでもかなり下の方に綴じられており、古い書類らしく添付してある写真も色が変わっている。
「これが我が国の暫定リストに入れている史跡だ」担当者は身を乗り出して説明を始めた。
「これがゴンバデ・カーブース、北部のゴレスターン州にある世界で最も高い総煉瓦造りの塔で高さは60メートルある。これがジャーメ・モスク。中央部のエスファハーン州にある154年(ヒジュラ暦。西暦では771年)に建設が始まったモスクだ。その後も増築と改築が続けられてきたから建設時期の特定ができない・・・」担当者の説明に岡倉はこれが日本であれば国宝や重要文化財の審査には通らないだろうと思った。その意味ではイランも世界遺産を利用する理由は共通しているようだ。
「それで今、審査されているペルシャ庭園と言うのはどこなんだ」「えらく抽象的な史跡だな。色々な史跡を見てきたが人工的な庭しかなかったぞ」テイラーの質問に岡倉は同調したが、自然の縮図に制作者の美意識を盛り込む日本庭園と比べるとペルシャの庭園は設計図に基づいて色分けするヨーロッパの庭園以上に人工的な印象が強い。ただし、中東の自然環境は荒野なので借景しても枯山水にしかならないだろう。
「これはイラン国内の6カ所の庭園だけでなくインドのタージ・マハルとフマーユーン、パキスタンのシャーラマールが入っている。我が国の庭園様式を世界文化遺産として登録しようと言うことだ」担当者の説明に岡倉とテイラーは顔を見合わせた。入国前に確認した現地情報では偵察衛星によってイラン北部の山岳地帯に産油国には不必要な原子力発電所に類似した施設が確認されており、そこでイランとパキスタンからの核開発関係者が勤務しているらしい。このパキスタンの庭園にイランから向かえばその移動経路を辿ることができるかも知れない。
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  1. 2019/01/04(金) 09:01:14|
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