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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1425

「どうして制止したんだ。アイツが経路を変えたのは核開発施設に近づくのを避けたからなのは間違いないだろう」ゴンバデ・カーブースに到着して運転手を車に残して2人でドーム状の丘の草原の道を塔に向かって歩きながらテイラーが再び激昂して英語で文句を言ってきた。岡倉は周囲を見回して観光客がいないことを確かめると英語で答えた。運転手は英語に堪能だが一般のイラン人は学校で習って話せる程度なので保全上はペルシャ語よりも好ましい。
「彼が拳銃を持っていることは判っているんだろう。あれ以上、追い詰めれば発砲して君が殺される。そうなれば君だけではなく俺も殺される。俺がここで殺されればパスポートからプレスの身分証明書まで偽造品なのが判っていまう。それだけは避けなければならないんだ」岡倉の説明にテイラーは口の中に苦虫を放り込み、それを噛み潰すような顔で反論した。
「イランのガイドに化けた監視要員がアメリカ国務省の調査員を疑っている俺を殺せるはずがないだろう。それはお前の日本人としての臆病さからくる過剰反応だ」岡倉はテイラーの自信を羨ましく感じながらも過信であると思った。おそらくテイラーには核開発施設の確認の任務は付与されていない。そのような難易度が高い任務は本来、長情報局の専門家が担当する。テイラーはイラク情勢に関する机上の業務の中でこの問題に着目し、功名心から大統領選挙以降の治安の悪化と保守政権の基盤の調査に来たついでの手柄を狙っているようだ。
「この辺りで全景を撮った方が良いな」議論に夢中になっているテイラーに岡倉が声をかけた。イランへの入国の目的が世界遺産の取材である以上、読者を訪問する気分にさせるような写真を撮影しなければここで使っている肩書の信憑性が台無しだ。この塔は煉瓦造りとしては世界で最も高いことと理想的な外観が魅力とされている。実際、10面の下部から円錐形の屋根が載る頂部までの輪郭は理想的な形状を表す計算式の黄金比に極めて近いらしい。
「ふーん、この塔が1000年も壊れずにあるのは乾燥した気候が理由なんだろう」岡倉が3脚を立てて広角レンズに替えたカメラを据えつけていると珍しくテイラーが感動したような言葉を口にした。岡倉が少し違和感を覚えながらカメラのスイッチでピントを調整しているとテイラーは独り言を続けた。
「この塔が我が軍の爆撃で倒壊するのは爽快だろうな」つまり国務省としては核開発疑惑を提示してイランへの軍事行動を考えているようだ。
軍事産業の利益代表になっているアメリカの有力政治家たちはスポンサーに巨額の利益を与える戦争を生起させる機会を常に窺い、それがなければ原因を作ることも常態化している。イラク戦争がオバマ政権によって終息させられつつある以上、次の目標はイランと言う訳だ。
イランはアメリカにとっては大使館を占拠して大使以下を1年3カ月もの長期間にわたって人質にした屈辱を与えた国だ。現在のオバマ政権が「世界の警察」と言う国家理念を放棄して戦争の回避を外交の基本にしていることも事件当時のカーター政権の弱腰人権外交の踏襲と批判すれば国民の支持は急落し、軍事行動に踏み切らざるを得なくなるはずだ。
「アメリカ人にとっては空襲で名古屋城が炎上する姿も爽快だったんだろうな。長崎の浦上天主堂の真上でプロトニウム爆弾を炸裂させた気分はどうだったんだ」岡倉はカメラを覗き、シャッターを押しながら大きめの声で独り言の皮肉を語った。名古屋の大学に通っていた岡倉は名古屋城には何度も足を運んだことがある。しかし、外観は立派でも天守閣に入ると目の前にエレベーターがあることには興醒めで、ビルのフロアーような最上階からの眺めもこの建物が単なる鉄筋コンクリート製の展望台に過ぎないことを実感させられた。
「我が合衆国は正しき秩序を世界に実現する契約をカミと結んでいる。モーセの十戒を変質させた邪教は抹殺しなければならない。その誤りに気づいて時代錯誤な戒律から国民を解放しようとした国王を追放したイランこそ壊滅させなければならない」岡倉の独り言の皮肉にテイラーも更に大声の独り言で答えた。これがアメリカ人同士であれば議論は決裂し、ここから先は無理をしてでも別行動になる。しかし、岡倉は日本人だ。あくまでも互いの独り言だったことにして撮影を続け、レンズを広角から望遠に交換して塔の頂部にピントを合わせた。
「イラクでは大量破壊兵器の存在をCIAが報告してイギリスのMI6(諜報部)にも同調させた。今回は俺たちのつもりなら当てが外れるぞ。俺たちは非合法で個人参加の野次馬の集まりだからな」この声量を控えた独り言はシャッター音で途切れさせた。
日本人は世界で戦争を繰り返すアメリカで主戦論を唱えているのは国防総省と軍だと思っているが、実際は国務省が外交交渉による解決を断念することが開戦の発端となる。
アメリカでは相手に贈る薔薇の花束の中に刃物をしのばせるのが外交の基本とされている。薔薇の棘で刃物の存在は紛れ、相手が胸に抱いた瞬間に一突きすれば決着に至るのだ。
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  1. 2019/01/06(日) 11:12:58|
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