FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1426

観光と文化財管理の担当者の資料はかなり古かったようだ。イランの新聞が世界遺産を取り上げていた記事では現在、審査対象になっているペルシャ庭園はイラン国内の9カ所で、様式としてはペルシャ庭園であるインドのタージ・マハルとフマーユーン廟、パキスタンのシャーラマールは別枠で個別に登録されていた。尤も岡倉のペルシャ語は会話が専門で読解はあまり自信がないので、読み間違いの可能性も低くはない。
テイラーとは岡倉の日本人式対応で決別は免れたものの気まずいままペルシャ庭園の取材を始めた。テイラーは運転手兼ガイド兼監視役とも気まずい状態なので車内の空気は重苦しく窒息寸前だ。岡倉としては窓を開けたいところだが砂塵が酷いのでそれもできない。
「庭園って言うからテヘラン市内に集中しているのかと思っていたぞ」車が市街地を抜けて荒野に入ると早速、テイラーが文句を言い始めた。アメリカで庭園と言えば富豪の邸園を除けばニューヨークのセントラル・パークのような公園になるので都市部に存在するイメージを抱いていたようだ。確かに日本の京都も各寺院の庭園が観光名所になっているが、日本3名園は岡山の後楽園、金沢の兼六園、水戸の偕楽園なのでかなり離れている。
「それでも地図で見る限り中央部の古都ばかりだから今までのようにイランの外枠を回る必要はないだろう」機嫌を取ろうとする岡倉の見解に運転手はうなずいたがテイラーはそっぽを向いた。日本人はアメリカ人に大らかで開放的な印象を持っているが実際はかなり執念深く、相手が屈服して非を認め、謝罪しない限り根に持ち続ける性格の者が多い。現在の同盟関係は日本が敗北して占領を受け、言われるままに国家体制を変革したことを謝罪と受け止めて許してもらっているのだろう。だから雀山政権の裏切りで簡単に揺らいでしまったのだ。
「それにしても随分と広さが違うようだけど本当にペルシャ庭園と一括りにできる様式なのか」庭園の一覧表を開いた岡倉はテイラーを触らぬ神(アッラーではない)にして運転手と話し始めた。この日本式対応がアメリカ人に通じるかは別問題だ。アメリカでも興奮している相手に「キープ・クール」となだめることはあるが、むしろ「リラックス」の方が一般的だ。
「ペルシャ庭園で現存最古のものはパサルガダエの庭園で紀元前1100年頃(ヒジュラ暦、西暦では紀元前500年頃)に建設されました。ですからゾロアスター教の考え方に基づいています」岡倉の質問に運転手はガイドとしての能力を示した。しかし、流石の岡倉もゾロアスター教については受験勉強で覚えた名前以上の知識はない。運転手=ガイドはルーム・ミラーで岡倉の困惑している顔を見てペルシャ史講座を始めた。
「ゾロアスター教は古代ペルシャで隆盛を誇った宗教で、ゾロアスターは創始者の名前です」「そうだッ。古代ペルシャの宗教だった」受験の知識が甦えった岡倉は日本語で独り言を呟いた。マークシート式の受験勉強は理解ではなくあくまでも記憶なのだ。
「善き神であるマズダと悪しき神のアーリマンの抗争で世界を説明し、火炎を崇拝するので拝火教とも呼ばれます」この説明で岡倉は手塚治虫の「ブッダ」に登場した自分が主宰する拝火教団を解散して釋迦に弟子入りした教組の兄を非難する弟を思い出した。あの漫画は坊主の同期がハワイ出身の女性自衛官の同期に貸した単行本全14巻を回し読みしたのだった。
「それじゃあ、その庭園には拝火台でもあるのか。イランだけに湧いて出る石油に火を点けるんだろう」そこにイランが侮辱できるネタを見つけたテイラーが口を挟んできた。しかし、運転手も岡倉から日本式の回避行動を学んだようで、おだやかな口調で否定した。
「逆に水を引いて池を作り、噴水を設けています。何よりも最大の特色としては高い塀で隔てて外界とは別の空間にしていることです」「日本庭園とは真逆だな」岡倉の説明に運転手は興味を持ったようでルーム・ミラーの視線で続きを促してきた。
「日本ではシャッケイと言って外の風景を庭の構成に取り入れるんだ」岡倉は咄嗟に「借景」を「レンタル・ビジョン」と直訳しようと思ったが、あえて日本語にして意味を補足説明した。
「それは日本だからできることでしょう。我が国では庭園の美観を維持するためにも外界の環境と遮断する必要があるんです」運転手の説明に車窓の向こうに広がる風景を眺めたがそれは納得できる。この荒野から吹き寄せる砂嵐を塞がなければ池や噴水も埋もれてしまうはずだ。
「やがてイスラムの教えが与えられたことで庭にも変化が生まれました。ただし、それは御恵み深く寛大なアッラーの意思により本質的な面は尊重しながらのことです」これは運転手としてはムスリム(男性のイスラム教徒)として当然の表現方法なのだが、テイラーは不快そうな顔をして再び窓の外に視線を戻してしまった。
「エデンの園を模して庭を4つに分ける構成が取り入れられたのです。4方向から川が流れて池に注ぎ、アッラーの世界に誘う(いざなう)」この運転手が観光ガイドとしても有能なのは間違いない。
スポンサーサイト



  1. 2019/01/07(月) 10:40:52|
  2. 夜の連続小説8
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<振り向けばイエスタディ1427 | ホーム | 振り向けばイエスタディ1425>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/5121-d7c25957
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)