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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1427

結局、岡倉は特別な成果もなくイラン国内の史跡巡り=観光旅行を終えた。今回の調査で岡倉はイランも多国籍軍が侵攻する前のアフガニスタンと同様に国民はイスラム教の信仰者であり、日常生活はその戒律を拠り所にしていて欧米のキリスト教国=先進国が断定するような苦痛などは味わっていないことを確信した。しかし、市民に戒律を強要する以上に自分に厳しく、厚く信頼されていたタリバーンもイラクのサッダ―ム・フセイン大統領の打倒を狙うブッシュ政権によってアルカーイダのテロの共犯者として抹殺されてしまった。
今回も岡倉は帰路に韓国に寄り、ジアエと聖也に会って行く。そのため乗り換えるタイのスワンナプーム国際空港の売店でハサミと剃刀を買いトイレの洗面台で2ヶ月間伸ばしていた髭を剃った。本当は理容店で整髪も一緒にしたいのだが乗り換えの待ち時間が足りなかった。
「出光佐三が世界を敵に回してまでイランに向かった動機は愛国心だけじゃあなかったんじゃあないかな」鏡の中の先進国の人間に戻った顔を見ていると胸の中に不可解な違和感が湧いてきた。それにしても日に焼けた顔に比べて髭剃り痕が異様に白い。日本人はイランでは強い日差しが降り注いでいるように思うが北緯35度なので日本で言えば中国山地や愛知県の岡崎市から静岡県の山間部に相当する。したがってそれも炎天下で活動したからだろう。
「ただいま」「貴方、おかえりなさい」ソウル市内の李家についた頃には夜になっていた。今日も聖也はジアエの隣りで出迎えたが恥ずかしそうに後ろに隠れている。人見知りが始まったのかも知れない。それにしても我が子に人見知りされるのは父親としては少し辛い。
「秋夕(チュソク)に帰ってこられなくて悪かったな」玄関から居間に向かう廊下を歩きながら岡倉はジアエに詫びた。岡倉がテイラーの強引な誘いを受けてイランへ旅立ったのは9月の上旬で韓国に帰る準備を始めたところだった。夫婦の連絡は略号のメールで行うため必要最小限の情報しか伝達できない。今回も「帰省はキャンセル」だけだった。勿論、今日の帰宅も「今から帰る」だけだがタイ経由であることを知っているジアエが到着便を調べて準備していた。
「秋夕には命令通り福岡県北九州市にある貴方のお父さまの実家のお墓にお参りに行ってきました」そう説明してジアエは岡倉が抱いている聖也に「貴方も行ったのよね」と声をかけた。ソルラル(太陰暦の正月)に義父が育ったカソリック教会に養父の墓参に行った時の岡倉の依頼をジアエは命令と言った。これも夫が秘匿している階級が少佐である自分よりも上であることに対する妻としての誇りの表現なのだ。
「高浦家の墓かァ。長いこと参っていないな」「ご住職もそう言ってました」大垣の松念院の住職には幼い頃から薫陶を受けたが、小倉の想闍軒(そうじゃけん)には年に数回、父の実家に帰省した時と前川原の幹部候補生学校に入校中に行っただけだ。住職は父と同級生と言うこともあり、松念院の住職ほどの敬意は抱けなかった。
「本当に親切なご住職で墓の場所を訊ねたらお葬式が終わったばかりなのに暑い中、案内して下さったんですよ」「それは単に美人のお前と歩きたかっただけだろう」岡倉は夏の帰省の時、法要の後には父とビールを飲みながら高校生の自分の前で小倉と岐阜のトルコ風呂(当時)談議で盛り上がっていた住職の顔を思い出した。
「お義父さん、お義母さん。帰りました」リビングに入ると義父母は韓国の夏の果物・チャメ(メロンと真桑瓜を交配させた品種)を食べながらテレビを見ていた。義母は駆け寄った聖也がチャメを欲しがったが「ご飯が食べられなくなるよ」と禁じた。時間としては就寝前なのだが夕食を待ってくれていたらしい。
「食事の前にお土産です」岡倉は夫婦揃って立ち上がった義父にカバンの中から出した粗末な紙包みを手渡した。岡倉の海外での行動は当然、秘密であり、それを窺わせるような話題も口にしない。しかし、今回の土産はペルシャ絨毯と並ぶイランの特産品であるミナカリ=七宝焼の皿だ。世界遺産の取材で訪れた街でも市民たちは岡倉が日本人であることが判ると熱烈に親愛の情を示し、気軽に接してきた。そうしてマッカへの礼拝の時間を知らせるモスクからの詠唱が聞こえると岡倉も一緒になって「スプハーナッ=ラー」の意思表明から始まる定型句を唱えて五体投地をするため急速に心を開いて真情を聞くことができた。この皿もそうして知り合った地方豪族から贈られた物だ。ところがそんな岡倉の姿をテイラーは嫌悪を超えて憎悪がこもった目で見ていた。やはりアメリカ式調査では情報を集めるのは判断材料を揃えるのではなく最初に立てた結論を根拠づけるための手順に過ぎないのだ。
「綺麗、この深い蒼色はペルシャのミナカリだね」美術品は義母の方が造詣は深い。それでも幸いなことに義母の頭の中ではペルシャとイランが結びついていないようだ。岡倉は「土産物らしく見せるためには立派な箱に入れて包装してくるべきだった」と反省した。
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  1. 2019/01/08(火) 10:54:54|
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