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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1430

「私、台湾に行きたいんですが」イラクから帰った岡倉の工藤以下のメンバーに対する現地情勢の説明が終わったところで本間郁子が工藤に希望を申し出た。
岡倉の説明では中国はイランにも着々と手を伸ばしており、それを共に探索するはずだった香港の盟友・盧暁春(ルー・シァォチュン)が上海国際博に行って消息を絶って1カ月が経過しても王茂雄(ワン・マォシィォン)中校からは何も連絡は入っていない。やはり盧が死んだとすれば後任の諜報要員が香港に送り込まれる前に接触を持ちたい。何よりも中国担当者として最近、アメリカでも報じられるようになった反日デモの情報を収集したいのだ。
「まさかそのまま中国本土へ乗り込もうと言うんじゃあないだろうね」工藤は立っている本間を見上げながら真意を確かめてきた。今回の反日デモは9月7日に発生した中国漁船による巡視船への衝突事件で船長が逮捕されて以来、中国内外で湧き起こっている抗議運動が暴動化している。それを「現地で確認したい」と言うの本間の立場であれば至極当然だ。上海国際博覧会は10月31日までなので閉幕間際の混雑を狙えば潜入は容易かも知れない。
「いいえ、今回は中華民国当局が把握している共産党中国の国内情勢を確認してくるだけです。できれば新たな香港駐在要員にも会っておきたいんです」本間は香港で盧と接触してきた以上、現地の中国当局に監視対象者とされている可能性が高い。台湾からのツアーで入国しても見逃すほど中国当局の監視は甘くない。
「そうか・・・先ほど島村くんが言っていたように海外で問題に巻き込まれて当局に拘束されるような事態に陥ればそれだけで我々の活動が暴露されることになる。それを十分に自覚しているのなら許可しよう」「はい、現地では慎重の上にも慎重に行動します」工藤の返事に本間は久しぶりに基本教練の通りに踵を引きつけて姿勢を正し、10度の敬礼をした。それを見ていた岡倉、杉本、松本は感心と呆れ、それに懐かしさが入り混じった顔を見合わせた。
「文麗、台湾に行ってくるわ。従兄への土産を預かるわよ」その日の夕方、本間は国務省に陳文麗(チェン・ウェンリー)を訪ねた。本間の台湾での人脈は陳に従兄の弁護士・陳江河(チェン・ジィァンフェア)を紹介されたことから始まった。
「江河からはハリウッド映画のDVDの注文が届いているけど甘い顔をすると調子に乗るから今回はお預けにするわ」陳は自分の答えに苦笑しながら首を振った。考えてみれば紹介された時、陳弁護士は民事訴訟で発生した危険を回避するため宮寛君(ゴン・グァンジュン)と言う偽名を使っていた。それが今では本名で通っている。これも陳と本間の信頼関係が発展した成果なのだろう。ここで陳は少し厳しい目をして顔を近づけた。
「ミスター・テイラーが海外出張から帰ってから妙に機嫌が悪くて、日本を嫌ったようなことばかり言うのよ」今朝、当事者から詳細に説明を受けたばかりの本間にはその理由が判る。
「大体、ミスター・テイラーは東アジア担当なのに韓国や日本の現政権の無能振りに嫌気が差して同じアジアでも花形の中東への移動を希望しているの。今回は大統領選挙後、保守派と改革派の対立が伝えられているイランの国内情勢の調査に行ったのに本当に観光ガイドを作ってきたのよ。馬鹿みたい」この経緯も岡倉から聞いている。要するにテイラーは飼い犬のつもりで岡倉を同行させたのだが、手を噛まれたどころか立場逆転、現地の人たちに溶け込む飼い犬に主役の座を取って代わられていた。観光ガイドも編集記者と言う肩書を事実に見せるため真面目に取材した成果なのだ。その意味では「スティユピッド(馬鹿みたい)」と言う評価は適切ではない。それにしても陳は岡倉が察知してきたイランへの中国の進出についてテイラーから聞いているのだろうか。これは日本よりもアメリカが真摯に受け止め、早急に対応しなければならない問題のはずだ。今度は本間の方が陳の耳に顔を近づけた。
「イランには海外の中国系企業が進出してきていて経済制裁で滞っている物流や金融を提供しているそうなの」やはり初耳だったようで陳は目を大きく見開いた。
「そんな馬鹿な。イランに対しては今年の6月9日にも経済制裁が可決されているわ。だから弾道ミサイルに関する活動は禁止、武器禁輸の強化、核開発計画に関する個人の渡航禁止、イスラム革命防衛隊の資産は凍結、禁止事項に関係するイランの船舶に対するサービスは禁止、イランの銀行の海外支店の開設は禁止、海外の銀行のイラン国内への支店の開設も禁止、これには中国も常任理事国として賛成したのよ。有り得ないわ」「だから中国本国は決議を順守しているの。ところが海外在住の中国人が経営している企業が送られてくる資金を使って安価で物資を提供して依存体質を構築しているのよ。アメリカはそれを見逃しているんじゃあないの」本間の追及に陳は「私は東アジア担当だから」と呟いた。確かにアメリカ人の職業意識では担当外のことに無関心なのが一般的だ。中国はそれも計算に入れているのかも知れない。
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  1. 2019/01/11(金) 10:40:19|
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