FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1432

「それでは香港からの情報は・・・」本間は言いかけた質問を呑み込んだ。いくらここまで信頼関係を構築してきた王中校でも自衛隊=外国軍の情報要員である自分に中華民国国軍の諜報活動の実態を教えてもらえるはずがない。本間は唇を噛んで自分の軽率さを反省した。すると王中校がユックリ顔を突き出したので本間も応じた。ただし、キス・シーンではない。
「菊子は暁春の同志だから私にとっては部下の同僚だ。つまり我が国軍の諜報活動の協力者と言うことになる」本間は王中校の言葉を聞きながら先ほど飲んだ阿里山コーヒーの匂いを感じた。
「我が国軍の諜報組織は非合法の君たちとは違って公式の機関だ。単独ではないから組織と書くんだ」ここまでで王中校は元の姿勢に戻った。つまり香港にも複数の諜報要員を配置していると言うことだ。しかし、盧暁春を失った現段階でそれを漏らすことができないのは当然だ。本間は別の諜報要員を紹介してもらうのは次の機会にした。
「盧暁春の家族は」「鄭祖賢の両親は国民党政権下で殺害されている。私は軍事法廷で加害者を裁く立場になって幼い祖賢を証人として尋問した。その毅然とした態度に感心して養女にしたんだ」意外な事実を告白されて本間は王中校の苦悩を共感した。ただし、その養女を危険極まりない任務に就かせた軍人としての冷淡さには想いが至らなかった。
「現在、中共では反日暴動が起こっているそうですが」ここまでで盧暁春の話題に幕を引くと本間は公的な問題を開演した。アメリカでも日本の店舗が略奪を受け、暴徒化したデモ参加者は日本企業の工場にまで乱入して破壊の限りを尽くしている事実は報道されているが、所詮は他人事でありアメリカ系の店舗と企業の被害の方に力点が置かれている。
「うん、凄まじいことになっているな」王中校は厳しい顔をして腕を組んだ、アメリカで見た動画は中国人が撮影して投稿したものなので現場の惨状は映っていても暴動の全体像は判らない。特に鄧小平の懇請を受けて建設された松下電器が標的にされ、徹底的に破壊されたことは常にインターネットを確認している杉本から聞いた情報だけだ。
「松下電器の工場が襲撃されたそうですが」「あれはプロの仕事だな」王中校の返事に本間は困惑した。今回の事態の「プロ」がどのような技術者を指すのかが理解できないのだ。
「松下電器の工場内に保管してあった新型製品の見本や製造準備のために配布されていた技術的資料は跡形もなく持ち去られ、その上で生産ラインの心臓部を選んで徹底的に破壊して容易に事業が再開できないようにしてあった。これは家電製品の製造を熟知した者が指揮しなければ有り得ない仕事だろう」杉本の解説ではデモが暴動化した時点で中共当局は現場付近から外国人を退去させ、マスコミ関係者も取材できなくなっていた。だからアメリカのマスコミは中国人が自分たちの行動を誇示するために撮影し、投稿した動画を流用していたのだが、日本から取り寄せている雑誌や新聞にはそのような記事はなかったように思う。思案し始めた本間の顔を見て王中校は疑問を解決するのための補足説明をした。
「欧米のメディアは中国人のネット・ユーザーが発信する情報を中共当局が遮断する前に網羅したんだが、最近は欧米在住の中国人が当局に代わって妨害を加えるようになっているらしい。その点、我が国は中共国内の送受信までほぼ完全に把握しているんだ。日本も位置的には同様の条件だが政府が報道に制限を加えたらしい。松下電器の現地社員が本社に送った被害報告の動画データーも取り上げようとしたらしいぞ」この説明は先ほどの香港で消息を絶った台湾人の存在を中共による人権問題として取り上げようとする動きを阻止した馬英九政権の対応とあまりにも似通っている。本間は喉の渇きを覚えてコーヒー・カップを見たが飲み終えたばかりだ。そんな本間を見て王中校は立ち上がり、廊下に出て事務室に声をかけ、間もなく女性事務官がカップを下げにきた。
「日本の現政権が中国に従属していることは海岸巡防署(台湾の沿岸警備隊)の巡防救難船(=巡視船)に衝突してきた漁船の船長を釈放したことでも明らかだが、それを批判しないマスコミはどのような報道統制を受けているんだね」王中校は腕を組んだまま顔を注視したが、日本にいた頃は特に政治・社会問題に関心を持っていた訳ではない本間に回答できるはずがない。これが同僚の3人であればこの場で質疑応答を始めるはずだ。
「あの事件については間近で発生しただけに我が国でも強い関心を持って注目していたんだが、現政権が司法だけでなく報道にも公然と介入している事実を目の当たりにして、我が国よりもはるかに成熟していると信じていた日本の民主主義が意外に脆いことを知って驚いているよ」そこに女性事務官がコーヒーを運んできた。
「これは阿里山です」何も訊く前に説明したところを見ると事務室に声をかけた時、王中校は銘柄を確認したようだ。本間は会釈をして乾いた唇を湿らせながらコーヒーを飲んだ。
スポンサーサイト



  1. 2019/01/13(日) 11:14:41|
  2. 夜の連続小説8
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<振り向けばイエスタディ1433 | ホーム | 振り向けばイエスタディ1431>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/5133-0e2aa878
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)