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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1433

その夜、本間は台北市内の安ホテルにチェック・インした後、香港で盧暁春に教えられた名物商業施設の中を気ままに歩き、屋台式店舗をのぞいて摘み喰いを楽しむことにした。
台北市内の繁華街と言えばやはり西門町だ。地下鉄(MIR)板南線の西門駅で下りて地上に出れば東京都内と言うよりも地方の大都市の中心部を思わせるようなビル街になる。ここは建物の密度は盧暁春と歩いた香港の方がはるかに濃厚でも高層ビルが少ない適度な空間と行き交う人々の大半がアジア人であることが不思議な懐かしさを感じさせる。
駅の前には台北では高級ブランドが出店していることで有名な西門紅樓があるが(名称の由来であるレンガ積み2階8角形の建物は目印でその奥の塀で囲われた広場に平屋の店舗群がある)、本間自身は台北とは比べ物にならない大都会・ニューヨークの住人なのでいくら安価でもブランド物には興味がない。ここでの目的はニューヨークのチャイナ・タウンでは味わえない本場の庶民料理だ。そうなると西門町でも万年商業大樓に移動しなければならない。ここも西門駅から西門紅樓を通り過ぎて徒歩5分だ。
「何、この匂い」長い赤いレンガの壁を通り過ぎると色々な料理の匂いが漂ってきて犬のように鼻が動き出しそうになった。台北でも西門町は朝昼夜・老若男女を問わず人通りが多く、歩道には僅かな隙間を埋めるように屋台が店を連ねている。本間も前川原の幹部候補生学校に入校中、同期に連れられて博多・天神の屋台街に行ったことがあるがやはり密度が違う。こうなると1分間に120歩、1歩の歩幅70センチ(男子は75センチ)の自衛隊式歩調は維持できなくなる。本間は屋台をのぞきながら発進停止を繰り返し始めた。
「わーッ・・・」目的地の万年商業大樓に入ると本間は歓声の続きが出なくなった。ここまでの歩道でも元ホストの杉本以上の甘い誘惑を仕掛けられたが、香港で盧暁春に教えられた万年商業大樓の屋台巡り果たすまで脇目を振らなかったのだ。今夜は「本当は養父であった」と告白した王中校から「生存の可能性は諦めている」と言われた以上、供養として2人で楽しむはずだった食べ歩きを腹が裂けるまで満喫するつもりだ。
「これじゃあ、何から食べれば良いのか・・・迷うどころじゃあないわ」万年商業大樓は7階建(多分)の各フロア一杯に屋台に毛が生えたような小さな店がひしめき合っているが、隣り合っている店が扱っている物に一貫性は全くない。料理だけでも各種麺類から台湾料理の魯肉飯(ルーロウファン)、臭豆腐(チョウドウフ)、排骨飯(パイグーファン)、それに胡椒餅(フージャオビン)、小龍包(ショウロンポウ)、餃子、焼売(シュウマイ)、春巻(アメリカではスプリング・ロール)、肉饅その他の副食的オカズなどを単品の専門店にしているようだ。大陸からの料理なら北京風、上海風、広東風、四川風が揃っているがこちらは日本人観光客が大半だ。やはり日本人の知識は街の中華料理店のメニューから出られないらしい。
「こうなったら小皿の料理を片っ端から食べるしかないな。ただし、日本人の観光客がいない店限定でね」本間は妙に気合を入れると両側から店舗が迫って日本では消防の防火審査で警告を受けそうな狭い廊下を歩きだした。
「おう、郁子じゃあないか」本間がトイレに寄り、洗面所で手を洗っていると男子トイレから出てきた男に声をかけられた。鏡に写ったその顔を見て本間の背中は冷たい悪寒が這い上り始め、いわゆる身の毛もよだつ状態になった。それは記憶から消去して存在さえも否定している男だ。本間は無視して歩き出そうとしたが男は両肩を掴んだ。
「やっぱり郁子だ。逃げることねェじゃあねェか」男は酔っているようで呂律が回っていないが、肉体労働者だった昔と同じ力で肩を押さえて放さない。
「クィシファン、ウォブシー イクコ(放して下さい。私は郁子ではありません)」本間は中国語で抗議したが男は唇を歪めて異様な笑顔を作った。
「その声は郁子だ。お前は愛大に入って中国語を勉強したんだってな。頭だけは良かったもんな」男はそう言うと本間を洗面台に押しつけて後ろから乳房を掴んだ。
「うん、この固い平面乳は郁子だ。普通のペチャパイは細いだけだがお前は妙に筋肉質だったもんな」男が首筋に唇を吸いつかせた時、トイレから別の男たちが出てきた。
「お前、待ち切れずにナンパか。こんな年増のブスは止めて若い娘にしろよ」「不景気の憂さ晴らしで台湾に来たんだぞ。街の女を買えばナンパする手間も省けるじゃあないか」どうやら社員旅行で台湾に来ているようだ。本間は救いを求めて中国人役を再演した。
「ウォ フイ トングジー ジングファ(警察に通報します)」「嫌がっているじゃあないか。止めておけ」本間の中国語を聞いた仲間が声をかけると男は鏡の中で笑って答えた。
「俺がこの女の処女を奪ったんだ。間違えるはずがないだろう」それがこの男・大野新吾だった。
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  1. 2019/01/14(月) 12:38:25|
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