FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1442

「貴女は海外旅行に随分と慣れているようですね」桃園国際空港から上海に向かう機内で本間は隣りの席の中年男性に声をかけられた。本間はその言葉に北京訛りがないかに細心の注意を払ったが自然な広東語のようだ。
「若い頃、日本の大学に留学していましたから帰省の度に旅行していたようなものです」ここで早速、森志玲の経歴の物語を披歴することになった。
「日本の大学ですか。実は私の息子も日本に留学しているんです。大阪の大学ですが」「私は愛知県でした」会話は順調に弾み始めた。ここで男性がサマー・ジャケットの胸ポケットから名刺を取り出して手渡した。そこには周食品とある。本間にはこの社名に記憶がある。以前、宮寛君=本名・陳江河弁護士の依頼で通訳をした玉城美恵子の裁判の法人原告になっていた会社が同じ名称だったはずだ。
「周食品ですか。食材を日本の沖縄に輸出しているんですか」「はい、よくご存知で」本間の質問に男性は少し驚いたように返事をした。
「いいえ、仕事で海外に行かれるのなら営業だろうと想像しただけです。昔は沖縄との貿易が盛んだったじゃあないですか」「なるほど」本間の説明に男性は納得したようにうなずいた。
「しかし、沖縄は大陸の属国になってしまったから最近は北京への忠節を示すため殊更に我が国を冷遇しているんです。だから新たな取引相手は大陸かフィリピンを開拓するしかないですよ」男性の説明に本間は「腹上死した社長が激しく身体を求めてきた」と言う玉城美恵子の証言を思い出した。そのような経営危機に陥っていればストレスが溜まり、その発散のため愛人の肉体に溺れることも不思議はない。
「そんな危機的状況にある中、社長を失った周食品は大丈夫なのだろうか」本間も疲労感を漂わせている男性の横顔を見てわずかな縁がある会社に余計な心配をしてしまう。このまま親しくなれば王中校が文通相手と言っていた陸上幕僚監部法務官室のモリヤ2佐の元妻だったらしい玉城美恵子の事件の原告側の認識を訊き出せるかも知れないが、森志玲には関わりがない話題なのであえて深入りしないことにした。
「今では日本そのものが大陸の属国になりつつあるから、ここで乗り換えるのは天の配剤なのかも知れませんな」男性は鬱憤を日本に向けたようだ。相変わらずアジア圏では日本の政権交代を「アメリカとの同盟関係を破棄して中国に追従することを選択した」と受け止められており、特に缶政権に移行してからはそれが確信になっている。逆に台湾では政権交代によって対中強硬路線に転換したが、国民党の馬英九政権の復活で対中従属が再開している。
「今の政権で活躍している連呆(れんほう)って女は民国(台湾)人って言うことにしているが父親は外省人(大陸からの移住者)で共産党に送り込まれた工作員らしい。だから共産党の命令で日本に乗り込んで保守系政治家を籠絡する政商になったようだ。その娘も北京大学へ留学している完全な政治工作員なんだが、それを政権中枢に置いていることを見ても日本の変貌は明らかだよ」ここで男性が目で要求したので本間もセカンド・バッグの名刺入れから印刷したばかりの虚偽の肩書を記した名刺を取り出して手渡した。森志玲の肩書は実在する中小の運送会社の本店の事務次長だ。この会社は軍の輸送業務の委託を供与している協力者であって王中校の紹介だ。それでも本間が陸上自衛隊の輸送幹部として学習し、経験した専門知識が役に立つのは間違いない。
「森志玲さんですか。事務次長なら秘書も兼ねているんでは」「いいえ、私は予備の運転手です。ウチの業界も人手不足ですから運転手が休暇を取ると私の出番です」これは小隊長時代の経験を脚色した創作だが現実味はある。
「それでは貴女は大陸から到着した荷物の運搬の営業に行くんですね」いいえ、単なる上海国際博の観光です」本間の答えに男性は少し拍子抜けしたような顔をした。
「上海国際博もようやく終わりますが、当局の監視が厳しくてあまり楽しめないらしいですよ」ここで男性は意外な助言を与えたがこれから観光に行く者には湧き立つ心に水をかけられたようなものだ。それでも本間は注意喚起として受け取った。
「そうですか。暴動が起こっていることは聞いていますが上海ではないでしょう」「あの暴動は酷い。日本も大陸から撤退して我が国に乗り替えるべきですな」男性の発言に通路を挟んだ隣りの席の男性客が視線を向けたので黙って顔を背けた。共産党中国に入るには民間人でも疑惑を招かないように注意しなければ思い掛けない危険を招くこともあるようだ。
何にしても桃園国際空港から上海浦東国際空港までは1時間55分、話し込むような所要時間ではない。その時、「中華人民共和国の領空に入った」との機内アナウンスが流れた。
スポンサーサイト



  1. 2019/01/23(水) 10:45:17|
  2. 夜の連続小説8
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<閏1月23日名寺社奉行・脇坂安菫の命日 | ホーム | 振り向けばイエスタディ1441>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/5153-c3fe3098
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)