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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1443

本間たちは上海浦東国際空港からバスで上海国際博覧会会場に向かった。距離的には20キロほどなので大陸の感覚では目の前なのだ。
バスを下り、駐車場側の入場門に向かうと小銃を持った兵士たちが要所要所に配置されているのが目に入ってきた。台湾人は国軍を見慣れているので特別な反応はしないが、日本人では違和感よりも恐怖心を抱くはずだ。
「本当に戒厳令が発令されているみたい」本間は独り言も広東語で口にする。ここまで警備が厳重であればツアー客の中にも共産党中国が潜入した監視要員が紛れ込んでいる可能性も否定できない。すると別のバスから下りた観光客たちが予想された反応を示した。
「やだァ。自衛隊が鉄砲を持って立ってる」「あれッて本物かしら」「こんな人が一杯いるところで本物を持っている訳がないじゃない。玩具よ」余所行きに着飾った高齢女性ばかりの客たちは軽く騒いだところで携帯を向けて兵士の姿を撮影しようとした。
「あれは警備に当たっている人民解放軍の兵士たちです。テロに備えて臨戦態勢で皆さまの安全を守っているのです。写真の撮影は控えて下さい」客たちの騒ぎ声が聞こえたらしく先導しているガイドが振り返って日本語で注意した。本間は無意識のうちにこの日本人の団体に合流しそうになったが、そこは足を速めて自分の団体に追いついた。
「本当は反日暴動が会場で起きることを警戒しているんだろう」「逆に日本人の抗議運動を阻止しているのかも知れないぞ」台湾のツアーでは中年男性たちが小声でささやき合っている。確かにその両方が目的のはずだ。
それにしても尖閣諸島近海での漁船衝突事件とそれを一方的に非難する反日暴動が発生している中、大挙して観光にやってくる日本人には呆れるしかない。振り返って眺めると大半は小金持ちの奥さまたちのようだ。それは韓国政府が反日政策を公然化させていても韓流スターを追いかけて黄色い声援を叫んでいたのと同じ人種だろう。
「あれは狙撃手じゃない。危ないなァ」本間は会場に入ると高い建物の上に配置されている人影に気がついた。彼らは一般の観光客では気づかないように巧みに存在を隠しているが、陸上自衛官の上、特殊な活動に参加している本間郁子3佐の感性は確実に捕捉した。
「あッ、あそこにも。こっちにもいるわ」本間は空を飛ぶ鳥を探すような振りをしながら狙撃手を見つけた。狙撃手は2名ずつ配置されており、位置から見て会場の全域を目標にしているようだ。これも反日暴動の阻止が目的なのか不明だが念が入り過ぎているのは間違いない。
「ふーん、これが万博かァ」雑踏に紛れながら各パビリオンを回っていると日本では写真やテレビでしか見ることがなかった万国博覧会と重なってくる。1970年の大阪万博の時は幼児だったため父親が経営する会社の従業員たちを連れて出かけたのを母親と一緒に見送った。2005年の愛知万博の時は陸上自衛隊に入隊して地元配置された春日井の第10輸送大隊で複数の部下との性的関係と言う不祥事を起こして建軍の西部方面隊総監部へ異動していたのだ。
「お嬢さん、お1人ですか」その時、同世代の男性が声をかけてきた。一見して男前で身のこなしは洗練されている。普段着の服装も高級品をセンス良くまとめている。本間が今までつき合ったことがないタイプだ。ただし、大野新吾を除外すれば本間が男性と交際したのは大学時代の中央道と第10輸送大隊の3曹と士長の自衛官だけで比較対象が限定される。
「はい、1人です」「それでは私とおつき合い願えませんか。私は民国から上海に進出している自動車輸入会社の孫武尊(ソン・ゥーズン)です」数ヶ月前、これと同じ台詞で盧暁春が声をかけられ身元を確認されたことを本間は知らない。ところが本間の反応は真逆だった。
「そうですか喜んで。この会場は初めてなんで案内してもらえれば幸せです」「はァ・・・」本間のあまりに開け広げな返事に孫武尊と名乗った男は何故か一歩後退した。
「さァ、行きましょう」すると本間は男を追いかけるように近づくと腕をからめて引っ張って歩き始めた。この態度はどう見ても美男子に声をかけられて喜んでいるようにしか思えない。
「貴女の名前は」「教えたら彼女にしてくれるの。だったら今夜は貴方の部屋に泊めてよ」この軽さはまるで頭がよくない高校生同士のデートのようだ。すると男は立ち止るとポケットから携帯電話を取り出して着信を確認し始めた。その時も本間は腕を固く胸に抱いて放さない。ただし、男の肘は乳房の弾力は感じていない。
「すみません。会社から緊急の業務連絡が入って出社しなければならなくなりました」「だって着信音は鳴らなかったじゃない」本間の追及に男は答えず腕を振りほどくと入場門の方向に歩き始めた。その後ろ姿を見送ると何度も首を傾げている。どうやら「人違いした」と思ったようだ。それよりも防諜要員以前に男性個人として危険を感じたのかも知れない。
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  1. 2019/01/24(木) 10:42:15|
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