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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1447

運動部に限らず大学の部活動の新入生歓迎コンパでは新入生が主将以下の上級生に酒を注ぎ、返杯を受ける沖縄・宮古島の「お通り」、鹿児島・与論島の「与論献奉(よろんけんぽう)」のような習慣がある。今年の新入部員は女子ばかりだが3年生の女子が中止を許さなかった。
「本間、お前は虹ノ花なんだってな。だったら酒は飲み慣れているだろう」主将に続いてコの字型に座っている上級生たちに酒を注ぎ、返杯を受けていくと末席の2年生の男子部員が妙なことを口にした。どうやら虹ノ花高校の評判を知っている地元の人間のようだ。虹ノ花高校は地元の男子には頭と尻が軽い遊び相手の集りだと思われているのだ。
「いいえ、お酒は家でも飲んだことがありません」これは事実だ。本間は新吾に酒で酔い潰されて犯されたことが重い教訓になって正月のお屠蘇を父親に勧められても頑なに拒否してきた。
「ウチの大学に来るくらいだから真面目に勉強していたんだ。そんな子もいるんだね」2年生はそう言うと本間のグラスに半分だけビールを注いだ。
「ユースー(郁子)、そろそろ一巡したんだろう。俺の隣りに来い」酔って声が大きくなった学生たちの喧騒の中で本間を呼ぶ声が聞こえてきた。中国語で呼ぶのは1人しかいない。
「はい、ゾン(中)先輩」酔っている本間は「先輩」と言う単語の中国語が判らず妙な返事をした。つけ加えれば日本語の「はい」は返事に限らず肯定する時、行動を起こす時の合図、所有を認める場合などに使えて万能だが、中国語では状況によって用語が違う。
「初めての酒で酔っただろう。ここからは俺の酒につき合え」そう言って中央道は本間のグラスを取り上げると残っていたビールを空になった鉢に捨てて桂花陳酒を注いだ。
「これは口当たりが好くても度数がビールよりも高いから舐めるように飲むんだぞ」「はい、ゾン先輩・・・」頭はますます痺れてくる。それでも中央道が相手なら安心して酔えそうだ。
「おい、チュウオウドウ。景気づけに十八番(おはこ)を唄え」折角の甘い気分に水をかけるような主将の声が耳に届いた。会話を目的とするコンパの会場にはカラオケは置いていないが、中央道がコの字型の中央に移動すると2年生以上は十八番を知っているようで席に戻った。
「チュンベイ(準備)」中央道は正面構えになると軽く咳払いをして大きく息を吸い込んだ。
「ショーリン、ショーリン、ヨウドゥォシャオインシィォンハーニーシンヤン(少林、少林、有多少英雄豪傑都来把你敬仰)・・・」これは1982年に公開された中国のアクション映画「少林寺」の主題歌だ。本間も道院でもらった割引券で弟と一緒に母親に連れて行ってもらって感激し、レンタルビデオ店で借りたテープを家でダビングして聞き覚えで主題歌も中国語で唄えるようになっている。本間は立ち上げると座卓を飛び越えて中央道の前に出た。
「・・・チェンニィェンディグーシェン ミィディディファンソン シャンヨウグーレン レントウシィァンヂェ(千年的古寺 神秘的地方 嵩山幽谷 人人都向住)・・」中央道は驚いた顔をした後、笑って右手で拍子を取り、本間も顎で合わせた。
「ウーシュディグーシィァン ミィレンディディファン ティェンシァディミン ワングーリィゥファン。ショーリン、ショーリン(武術的故郷  迷人的地方 天下地名 万古流芳。少林、少林)」ここで新入部員は拍手したが2年生以上が制止した。続きがあるらしい。
「ハーッ」突然、中央道は腹から大きく息を吐いて姿勢を低くする。すると本間も反応した。
「ハッ、ハッ。ハッ、ハッ。ハッ、ハッ、ハッ、ハッハッハハ・・・」2人は発声しながらその場で突きと蹴りを始める。2年生以上も「ハッ、ハッ」と気合を入れながら手を突き出している。これも映画「少林寺」の名場面なのだ。
「驚いた。ユースーがあの歌が唄えるとは思わなかったよ」中央道は本間を支えられながら席に戻ると感心したように話しかけた。しかし、本間は反応しない。顔を覗くと座ったまま意識を失っている。酔って動いて酒が完全に回ってしまったらしい。中央道が本間の肩を揺するとそのまま膝に倒れ込んで寝息を立て始めた。
本当はこの映画が中国語に興味を持つようになった切っ掛けであることや「正確な歌詞を教えてもらいたい」と言う希望を伝えたかったのだが本間は中央道のズボンによだれを垂らしながら微笑みを浮かべて熟睡モードに入っていった。
「やっぱ無理だったんじゃあないか」新入部員が全員部屋の隅で酔い潰れてしまうと主将の周りに集まった4年生たちが議論を始めた。
「最近、急性アルコール中毒で死ぬ学生が多いだろう。警察も新入部員は未成年だって言うことで未成年者飲酒禁止法を適用して逮捕に踏み切る方針らしいぞ」「流石は法学科」4年生の1人の説明を別の4年生が茶化したが就職を決める4年に警察沙汰を起こせば不利になることは判っている。4年生たちは飲んでいるビールの苦味が急に強力になったように感じた。
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  1. 2019/01/28(月) 10:27:10|
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