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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1448

結局、新入生たちは意識がある者は女同士で、泥酔している者は4年生がタクシーで連れて帰った。完全に酔い潰れている本間は中央道の担当だ。その前に中央道は青龍の店員として学生たちが引き揚げた後の片づけをしなければならない。長座卓の脚を折って片づけ、掃除機をかけている間も本間は2つに折った座布団を枕に部屋の隅に寝かされていた。
「ユースー(郁子)、帰るぞ」掃除に続き食器の洗浄を終えた中央道は2階に上がってくるとまだ寝ている本間を揺すった。それでも反応はない。仕方ないので中央道は本間を背負って階段を下り、店主に挨拶をして店を出た。青龍は住宅街の一角にあるため店の前の道にはタクシーは通らない。中央道は本間を背負って歩きながら入部申請に書いてあった自宅の住所を思い出していた。本間の自宅は豊橋市内でも愛知大学がある南部地区とは対角になる豊川と豊川放水路で囲まれた低地の町工場が多い地域のはずだ。
「お客さん、女の子を酔い潰して悪いことするんじゃあないよね」タクシーを停めて意識が戻らない本間を抱いて乗せると中年の運転手が下衆な勘繰りをしてきた。日本人の学生の中には女子に正体をなくすまで飲ませてカー・ホテルへ連れ込む輩がいることは聞いてはいる。しかし、中国では大学生は将来の指導者として国家の期待を担っている存在であって行動も人民の規範でなければならない。ただし、タクシーの運転手にそんなことを説明しても無駄なので行き先を告げて出発させた。
「ウッ、ウッ、ゲゲゲ・・・」タクシーが走りだして間もなく本間が痙攣したように噫気(ゲップ)を始めた。車の振動で胃の中が撹拌(かくはん)されて嘔吐を誘発したようだ。中央道は運転手に停車させると本間側のドアを開け、背中を押して顔を出させると道路に吐かせた。
「ゲッゲッ・・・ゲーゲーゲーゲー」運転手はハザード・ランプを点灯して腕を組んで待っている。タクシーにとって酔った客が車内で吐くことほど迷惑なことはない。その時点で稼ぎ時の夜の営業を中断して内装を清掃しなくてはならなくなるのだ。
「大丈夫か」「はい、目が覚めました」「それじゃあ出発します」吐き終って本間は意識を戻した。中央道が脇に手を入れて引き起こし、ドアを閉めると運転手が車を走り出させた。
「あれッ、ここは1号線じゃあないですか」「うん、家へ送って行くんだ」中央道の説明にも本間は状況が理解できないようだ。まだ「ボー」としている本間は無意識に手を握ってきた。
「大丈夫か。ふらついてるぞ」「駄目です。抱っこして下さい」タクシーを下りて家の門に入ってからも本間は千鳥足だ。腕を掴んで支えている中央道に抱きついてきた。すると家の庭に面したカーテンが開いて灯りが漏れ、中から人が覗いているのが見えた。やがて玄関が開いた。
「郁子、何をやってるんだ。見苦しい」それは本間の父親だった。時間から言えば高校時代の門限は過ぎているのかも知れないが今夜は大学のコンパだ。それを考えれば2次会に行っていない分まだ早い。それでも中央道は酔って浮かれている本間に代わって謝罪した。
「遅くまで申し訳ありませんでした。『日本の』宴会の作法で少し飲み過ぎたようでかなり酔っています」この説明を聞いて父親の眼鏡の奥の目が細くなって異様な光を点した。
「君は」「はい、愛知大学少林寺拳法部のゾン・ヤオドオと言います」中央道の自己紹介を父親は鼻で笑って明らかに侮蔑の表情を浮かべた。
「要するにチャンコロの留学生かね。大学が終わればそのまま日本に就職して稼ぎを祖国に送金するつもりだな」父親の暴言に本間が「怒り上戸」に変わった。いきなり少林寺拳法の正面突きを繰り出したので中央道が払った。それでも気がすまない本間は基本通り上中蹴り(顔面、腹部への突きと蹴り)の連続技に入ろうとしたため中央道が前から抱き止めた。
「よくも親の目の前で娘を汚してくれたな。やっぱりチャンコロのやることは品がない」父親は中国語の「中国人=チョンコレン」を蔑称にした俗語を繰り返す。この世代は戦前の神国思想に基づく選民意識と文化大革命の混乱の中で自滅した中国に対して侮蔑の念を抱いており、さらに日中国交回復後に経済団体が行っている巨額の投資にも本音では強い不満を感じているようだ。その前に父親自身も酒を飲んで少し酔っているのではないか。
「お前、ウチの娘に手を出したりしていないだろうな」「馬鹿じゃあないの。私は処女なんかじゃあないよ」父親の妄想に本間が2年間隠してきた秘密を告白した。
「まさか、お前・・・」「はい、高校1年生の時、男2人に強姦されました。汚れた娘でどうもスミマセン」酔った勢いで飛び出した事実に驚愕して父親は言葉を失った。
「有り難うございました」本間は茫然としている父親を無視して中央道の腕を離れると合掌して礼を言った。玄関のドアを開けると母親が暗い顔で立っていて本間は縮み上がった
「郁子、本当なの・・・」どうやら近所中に聞こえる大声で衝撃の告白をしてしまったらしい。
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  1. 2019/01/29(火) 10:05:31|
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