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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1449

大学生活に慣れてくると本間は中央道に猛烈なアタックを開始した。少林寺拳法部では2列に並んでの基本練習では常に後ろに立ち、組練習の相手として個人教授化している。
部活の間に中国語の講義で判らないところを質問して次の日には図書室で待ち合わせてこちらも個人教授にしている。まるでフランス映画「個人教授」の逆の配役だ。
ここまで公然と迫られていても中央道は特別な反応はしない。段位が上の先輩として丁寧に技を教え、中国からの留学生として母国語を誠実に解説する。本間は不安になってきた。
「クィェンベイ・ゾン(前輩・中=中先輩)、私のこと好きじゃあないんですか」昼休みに図書館で勉強を教えてもらいながら唐突に質問した。今日は疑問点の解決ではなく中央道の研究につき合っているだけなので多少の雑談も許される。
「やっぱり高校生の時に身体を汚された女なんて許せないんですか」本間はあの夜の衝撃の告白以来、父親が夫婦の会話の中で自分を「傷物」と呼んでいるのを耳にしている。日本人の学生とは違い古風な堅物の中央道が強姦の被害者とは言え純潔を失った女に嫌悪感を抱いても不思議はない。すると中央道は机の上に何冊も広げている分厚い本の向こうでこちらを見ると不思議な微笑みを浮かべて口を開いた。
「今の質問を中文(チュンウェン=中国語)で言ってごらん」本間はからかわれいるような気分になったが頭の中で文章を組み立てて言ってみた。
「ニィ ブーシィファン ウォ マ(你不喜歓我嗎)?」「ダァングラェン、ウォシィファン ニィ(当然、我喜歓你=勿論、俺は君が好きだよ)」本間にとってはこれこそが衝撃の告白だった。両目から涙が溢れ出し、同時に鼻水も止らなくなった。小学生の頃から少林寺拳法をやっていた本間は苛めっ子にも立ち向かうため男子からは敬遠されていた。そのまま中学校に入り、憧れた男子生徒がいても相手にされるはずもなく受験に失敗して女子校に進学した。そこでデートも経験せずに肉体関係を経験することになった。つまり中央道が初恋なのだ。
拭いても吹いても涙と鼻水が溢れてくる。ポケットのパック・ティッシュは終わってしまった。そんな様子を他の学生たちは怪訝そうに見ている。これでは別れ話をしているようだ。
「汗を拭いたタオルだから臭うかも知れないけど使えよ」本間のハンカチが涙と鼻水で濡れたのを見て中央道が手提げカバンからタオルを取り出して手渡した。汗かきの中央道はハンカチでは吸水性が不足するためタオルを愛用している。すると本間は中央道の体臭を味わうように頬に当て、顔を覆って深呼吸をして貸した本人を呆れさせた。
それから本間は愛知大学の中国人留学生が寮として引き継いでいるアパートで勉強するようになった。勿論、卒論の追い込みに入っている中央道の邪魔はしない。むしろ夕食の支度や洗濯。掃除をして内助の功を発揮するつもりでいる。
「うん、美味い。ユースー(郁子)もチョンゴウ・カイ(中国菜=中華料理)の腕が上がったな」今夜のオカズは八宝菜だ。青龍で調理のアルバイトをしているセミプロに誉められて本間も嬉しかった。中国式の丸いまな板と包丁も使いなれてきている。
「グスンッ」嬉しいはずなのに何故か涙がこぼれ、中央道がティッシュを箱のまま手渡した。どうしてなのか中央道と過ごしていると強気な本間が泣き虫になってしまう。
本当は家族のように一緒に食事をしたいのだが父親が中央道との交際を許さず、夕食は自宅で取るように厳命している。反抗期の弟が自由に振舞う埋め合わせを娘に課しているらしい。
「前輩・中、そろそろヤオドオ(央道)って呼んでも好いですか」「うん、2人だけの時には」本間の申し出に中央道は淡々と答えた。しかし、この許可には不満がある。本間としては他の学生たちの前でこそ名前で呼んで「交際中」を宣伝したいのだ。
「俺は春には帰国する。だからユースーの残りの大学生活に影を残したくない。高校時代に味わえなかった素敵な青春を満喫することだ」本間の不満そうな顔を見て中央道が真意を説明した。中央道は愛知大学の姉妹校である北京外語学院で1年学んだ後、選ばれて派遣留学生になっているため23歳だ。その年齢以上に他の学生よりも大人に見える。
「それで私を抱いてくれないんですね」本間は涙と鼻水と一緒に胸の奥底から湧き上がってきた疑問を投げかけた。このアパートに通うようになって2ヶ月後に玄関で口づけを交わして以来、そこから先の進展はない。本間としては中央道に抱かれることで新吾と修に汚された肉体を清め、身と心に愛された記憶を刻み込みたいと願っているのだ。
「それは違うよ」「へッ」ところが中央道は八宝菜を食べ終わると冷えた烏龍茶を飲んで答えた。
「このアパートは壁が薄いから音が漏れてしまう。ユースーの喘ぎ声を聞かせたら隣室の連中が興奮するだろう」これが冗談なのか本当なのかは判らないが、本間に受けたのは間違いない。
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  1. 2019/01/30(水) 10:50:22|
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