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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1452

「それでは故宮博物院に案内します」本間が周囲と隔絶して中央道の魂魄との一体感を確かめているとガイドが大声で呼びかけた。その顔を見ると明らかに本間を意識している。やはり共産党中国におけるツアー旅行では軍隊=自衛隊並みの団体行動が鉄則なようだ。
天安門を潜る前、ガイドは毛沢東の肖像画について誇らしげに説明した。しかし、本間はあの夜、中央道が殺される前にもこの指導者の顔を眺めていたことを想うと激情が抑えきれなり、黙って通り過ぎた。すると目の前には雑然とした広大な空間と言うしかない不可解な光景が続いていた。約800メートルの直線道路の向こうに紫禁城の大きな朱色の屋根が見えているのは東大寺に似ていないことはないが、その経路にまとまりがない。奈良旅行の2日目は東大寺と若草山、興福寺と奈良国立博物館を回ったが、中央道は回廊を通った正面にある南中門から大佛殿に続く真っ直ぐな参道に感激していた。それもこの雑然とした風景と比べて日本的な美意識に共鳴したのかも知れない。ここからは故宮博物院のガイドの案内になる。
紫禁城の南正面の牛門の暗いトンネルのような通路を抜けると見覚えがある光景が広がった。それは中央道が帰国する直前に2人で見た映画「ラスト・エンペラー」に出てきた紫禁城の前庭だ。しかし、ここも装飾過多で雑然としているようにしか思えない。
奈良旅行で中央道は唐招提寺の金堂の屋根の緩やかな曲線に古き中国の息づかいを感じながらも周囲の深い木立との調和に日本の心を見ていた。
「東アジアの佛教は日本に渡って不純物をろ過し、余計な物を研磨してもらってようやく完成した」これが奈良旅行から帰る時、近鉄の中で中央道が述べた感想だった。あの知的で思いやりが深く、包容力があった中央道はここで死んだ。否、殺された。本間は自衛隊に入ってから日本に亡命してきた事件の参加者の講演会に参加したことがあるが、犠牲者の遺骸は夜の間に片づけられ、明るくなってから取材を許可された欧米のマスコミ関係者は地面に広がっている血の量で惨状の規模を計るしかなかった。その遺骸をどうしたのかは誰も口にせず、問うこともない。ただ、「事件後、人民解放軍のトラックが北京市のゴミ焼却場に何かを大量に運び込み、投棄・焼却していた」と言う目撃証言があると補足した。
「どうです。興味がありますか」本間にとって故宮博物院の中も「ラスト・エンペラー」の撮影現場の確認に過ぎない。無関心に通り過ぎる本間に初老の男性が声をかけてきた。
「はい、台北の故宮博物院を見慣れていると本物が置いてあると言うだけで・・・立ち止ってまで鑑賞する気にはなりません」「確かに照明なども不十分だから鑑賞と言う観点から言えば不満を感じても仕方ないですな」本間の答えに男性も納得したようにうなずいた。宝物を見やすい角度に置き、十分な照明を当てていてもガラス越しに見るのと生活用具として触れられないまでも直に見るのとでは優劣はつけることは難しい。本間はツアー客の過半数を占める夫婦たちの姿を見て「もし中央道と一緒なら」と思った。
奈良旅行の後には大井川鉄道の蒸気機関車に乗り、終点の千頭駅で下りて寸又温泉郷でキャンプした。それは単に学生会館が無料でテントや寝袋を貸し出していることを知り、旅館での宿泊費を節約するためだったが本間にとっては野営の初体験になった。外交官への夢を捨てて陸上自衛隊に入隊してからも野営が苦痛でなかったのは中央道との思い出があるからではないか。「それでは昼食に向かいます。バスまでの経路には露店が並んでいますが、買い物は後で安心できる店に案内しますから粗悪品を売りつけられないように無視して下さい」ガイドは天安門の前で待っていた。建前は粗悪品の押し売りに対する注意喚起だが実際は提携を結んでいる店の売り上げを確保するためなのは明らかだ。
本間は盧暁春が紫禁城から天安門までの直線道路を駆け抜けて不審な台湾政府要人を追ったことを知らない。盧暁春にとっては死に向かう白い道だった。一方、本間にとっては埋葬場所も判らない中央道への墓参であった。中央道の実家の住所は知っているが外国人への開放地区ではないため訪ねることはできない。
おそらく本間が外交官試験に合格して北京に赴任すれば中央道と中国の古都巡りを楽しんだのだろう。本当は同じ映画の舞台であれば「少林寺」を訪ねてみたいのだが,あちらは日本で言えば奈良に当たる古都・洛陽市の郊外にある。結局、あの国では共産党による徹底的な統制・管理の中で人民は生活し、相互に監視して反抗どころか不満を口にすることさえも控えて息をひそめながら暮らしている。人民は快活に談笑しながらも政治的な話題だけは口にしない。
こうして本間は無事に台湾に帰ることができたが、桃園国際空港で入国審査を終え、ロビーに出た途端、何故か座り込みそうになるほどの疲労感を覚えた。共産党中国では国際博会場で声をかけてきた孫武尊と名乗った男以外にも常に誰かの差すような視線を感じていた。
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  1. 2019/02/03(日) 11:11:10|
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