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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1455

11月下旬、杉本は韓国を訪れた。イランからの帰路、岡倉が韓国陸軍少佐の内妻が待つ自宅に寄って見聞してきた韓国の国内情勢では慢性的な低支持率に苦慮する李明博政権の焦りが毎度の日本敵視による愛国心扇動に向かっており、台湾から戻った本間は日本の政治情勢も混迷を極めていると報告していた。確かに防衛駐在官・諸西将補もアメリカのマスコミが報じている日韓の政権の劣化を認めている。つまり対馬海峡の両岸に対峙する日本と韓国は同時進行のように政権崩壊の予兆が始まっているようだ。現時点で駆逐艦・天安が撃沈された事件については特に動きはないが、朝鮮半島の専門家を自負する杉本としては機会を見つけて訪韓し、現地と対岸の日本の情勢を観察しなければならない。
そんな11月23日、安楷林(アン・ヘリム)のマンションで時差ボケと寝不足を解消するための昼寝をしていた杉本は枕元の置いてある携帯電話で起こされた。
「貴方、テレビを点けなさい」声の主は安楷林だ。今日は国防部へ取材に行っているが話題は拡大し過ぎている韓国軍のPKOの今後の展望だった。その国防部で臨時ニュースになるような事態に遭遇したのかも知れない。杉本は昨夜の再会の激戦を終えた裸のまま起き抜けてソファーのサイド・テーブルの上のリモコンでテレビを点けた。
「番組の途中ですが臨時ニュースをお送りします」男性アナウンサーがニュースを読み始める前に壁の時計を見ると午後2時45分を過ぎたところだ。間もなく原稿の朗読が始まった。
「先ほど西海(=黄海)の北方限界線付近にある延坪島に北韓(ブッカン=北朝鮮)軍からの砲撃が始まった模様です。我が軍も応射したため砲撃戦になっています。詳細についてはまだ確認できていませんが速報としてお伝えしています。繰り返します・・・」本当に速報だったようで発生時間や被害状況を明確にせず、通常であれば背景に島の風景の画像や地図などを流すところが最後まで男性アナウンサーの緊張気味の顔だけで通していた。
「延坪島かァ。どこだったっけな」立ったままニュースを見ていた杉本はリビングと一体になった台所の冷蔵庫から缶ビールを取り、開けて飲みながらソファーに戻った。そこで延坪島は駆逐艦・天安が撃沈された現場付近にあり、海域の説明に使われていたことを思い出した。
「要するに国境の島なんだ。韓国が『天安は北朝鮮が撃沈した』と発表したことへの報復・・・にしては遅すぎるかな」李明博政権が米英豪にスウェーデンを加えた合同調査委員会の見解とする対国民談話で「北朝鮮の潜水艦による魚雷攻撃が原因」と発表したのは5月24日なので半年の1日前になる。そこで杉本はソファーに腰を下ろそうとして下着もつけていないことに気づいた。仕方ないのベッドの下に脱ぎ捨ててある衣類を着てからソファーに腰を下ろした。点けっ放しのテレビでは臨時ニュースが速報番組になっていた。
「こちらが現在の延坪島の映像です。仁川支局の屋上から撮影しています」テレビの画面は海面の向こうで黒煙を上げている島の遠望に変わっている。おそらく第1報が入って距離と位置から撮影が可能な場所であることに気づいた支局の担当者がカメラマンを屋上に向かわせたようだ。このためアナウンサーの実況はなく屋上にいる野次馬的局員の話し声の合間に着弾する爆発音が響いてくる。
「この砲声は15榴だな。懐かしい」15榴とは杉本が中隊長として取り扱っていた155ミリ榴弾砲のことだ。杉本の陸上自衛隊における職種は特科だったのでこの状況については専門的知識に基づいて分析・評価できる。
「それにしても派手な黒煙が上がっているな。予備の砲弾か燃料にでも命中したのかよ」このような国境線付近の対地火砲は配置されていることが前提になるため奇襲的な攻撃を受けても破壊されない堅牢な陣地が構築されていることが常識だ。しかし、映像を見ると数か所から白煙が上がっており、かなり大きな黒煙もある。煙の色で類焼した可燃物を推定できるところが元プロの眼力だ。民間人は特科=砲兵は大砲を射つだけの単純な仕事だと思っているが陸上自衛隊でも特科幹部は広範囲に及ぶ業務を遂行する多様な組織を統括するため戦闘職種の中でも特に優れた頭脳の持ち主が揃っていると言われている。特科は普通科=歩兵が攻撃する陣地を破壊するための砲撃を命じられれば敵の反撃備えて大砲の陣地を設営するだけでなく着弾点を観測する要員を前線に配置し、その通信網も構成しなければならない(情報量と同時通話の確保の関係で有線の場合が多い)。射撃が開始されれば着弾点を修正しながら効果を算定し、陣地転換の時期を見極めて適宜適切な判断を求められる。
「野戦特科の使命は対地火力の骨幹として縦深にわたる作戦経過の全局面において・・・」映像を見ながらビールを飲んでいて杉本は陸上自衛隊の野戦特科の使命を呟いてしまった。それに気がついて周囲を見回した自分に2重の失笑をした。
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  1. 2019/02/06(水) 11:08:13|
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