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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1459(かなり実話です)

年末が近づくと自衛隊では秘かに「昇任」の噂が漣(さざなみ)を立てて広まり、該当する隊員たちは勝手に一喜一憂し始める。ところが陸上自衛隊北部方面隊では怒涛が天に達するような人事が行われようとしていた。安川3曹が所属する第3普通科連隊では中隊長以上が参加する部隊長会議でそれが発表された。
「今後、北部方面隊では曹侯補士については一律に昇任させず、自動車免許を取得させた上で依願退職させることが決定しました」突然の1科長の説明に中隊長たちは耳を疑うことが先行し、まともな反応ができなかった。
「今、何て言われましたか。良く聞き取れなかったのですが」しばらくの沈黙の後、1人の中隊長が再度の説明を求めた。これは音量の問題ではなく内容が常識では受けつけられないのだ。
「今後、北部方面隊では曹侯補士は一律に昇任させず、自動車免許を取得させた上で依願退職させることに決定しました」1科長は台本を用意していたらしく一字一句間違えることなく繰り返した。流石に中隊長たちは顔を見合わせ、小声の囁きの音量が上がり、ザワメキになっていった。そんな様子を連隊長と副連隊長は口を「ヘ」の字に曲げて黙って見ている。
「曹侯補士は非任期制で、4年から7年までの間に3等陸曹に昇任させる条件で採用しています。ただいま説明があった人事処理は採用時の契約違反になりかねません」日頃は長老らしく聞き役に回っている4中隊長の天野1尉が手を上げたまま発言した。天野1尉の4中隊にも森田曹侯補士がおり、訓練や知識、服務態度では一般の新隊員とは格段の違いを見せている。当然、4年目である今回は昇任すると思っていたのだ。
「それはここにおられる各中隊長もご承知のことと存じます。しかし、方面からの伝達、ハッキリ言えば方面総監からの指示ですから、我が連隊としては従う他に対応のしようがありません」1科長はこの説明も台本を読むように滞りなく言い切った。
「よろしければ理由を説明して下さい。ウチにも曹侯補士がおりますから納得させるためには理由の説明が必要です」次は重迫撃砲中隊長が手を上げ、至極当然な要求をした。中隊長たちが連隊長の前でここまで公然と反対の態度を見せることは通常ではあり得ない。それだけこの人事処理が大きな問題を孕んでいることを全員が共有しているのだろう。
「私から説明しよう」ここで連隊長が手で1科長を制して身を乗り出した。各中隊長は自動的に姿勢を正して息を止める。それが限界になる頃、連隊長は口を開いた。
「総監は我が方面隊全体の階級構成を確認されて、陸士よりも陸曹が多いことに気がつかれたんだ」中隊長たちは大きく息を吐き、吸ったついでに口の中で「それがどうした」と呟いた。
「総監は階級が指揮系統を構成する上での基盤であるとお考えだ。陸曹が指揮する分隊は陸士で構成されていなければ階級による強制力が確保できないとおっしゃっている」と言うことは総監は現在の北部方面隊では分隊長の指揮に強制力がないと考えていることなる。各中隊長の頭の中に着任後の部隊視察で会った北部方面総監・滋賀徳次郎陸将の顔が嫌悪を超えたかすかな憎悪と共に浮かんだ。滋賀陸将は着任早々、隊員に遺書の作成と提出を強制する一悶着を起こしている。あの時も若い隊員の家族から心配と批判の電話と書簡が殺到し、それに対応したのは直属上司である中隊長以下だった。おそらく今回の問題はあの程度ですむはずがない。下手すれば「契約違反」として民事訴訟が起こされる可能性も否定できない。
「総監は陸曹にするのは新隊員出身の叩き上げと最高の教育環境で優れた教育者の手によって純粋培養された生徒だけで十分だと言っておられる。曹侯補士は制度に欠陥があるから20年もたずに廃止になったんだと断定された」連隊長が高尚なご託宣を説明した続きの独断と偏見の部分は副連隊長が引き継いだ。確かに曹侯補士は1990年から2007年入隊までの17期で終わっている。32期まで続いた一般曹候補学生に比べれば約半分だ。しかし、それは屁理屈に過ぎず、生徒から防衛大学校に進んだ滋賀陸将は母校を守ることを第1に考え、自分の思い込みと両立させる手段として潰し易い曹侯補士を選んだに過ぎないのだろう。
「この件が発表された方面の部隊長会議でも各部隊長が代わる代わる疑問を投げかけたが無駄だった。最後に総監は『陸曹への昇任の人事発令の決裁権は本職にある』とまで言われた。つまり各部隊が曹侯補士を昇任させようと上申しても決裁しないと宣言されたんだ」ここまでくると憎悪は殺意に変わりかねない。預かっている曹侯補士が優秀な人材であれば尚更、怒りは激しくなる。すると天野1尉が黙って立ち上がった。
「私は来月には付になります。後任も決まっています。36年に及ぶ自衛隊生活の晩節を汚すような不当人事に加担することはできません。半月間保留して下さい」これは天野1尉の命令拒否だが、後任者に責任を押し付けることよりも問題が長期化した場合を考えた要求だった。
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  1. 2019/02/10(日) 08:14:53|
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