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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

2月11日・万歳三唱の日

2月11日の紀元節=建国記念の日は本来、神武天皇と言う架空の存在が皇位に就いたことになっている太陰暦の1月1日なので神道ではない国民も祝賀を強制されているのですが、おまけのように万歳三唱の日にもなっています。ただし、これは紀元節ではなく明治22(1889)年に大日本帝国憲法の発布を祝して青山練兵場で行われた閲兵式に向かう明治天皇に皇居前で東京帝国大学の学生が「万歳三唱」を行ったことを記念しているようです。ちなみに「万歳三唱」と両手を挙げる動作が行われたのはこの時が最初でした。
「万歳」自体は中国で古くから皇帝の長寿を祝し、祈る儀礼として行われていた「千秋万歳(せんしゅうばんぜー=漢音読み)」の後半だけを独立させたもので、中国から朝鮮半島経由で日本に伝わり、ベトナムにも広がっています。
中国では本来、「万歳」は皇帝専用でそれ以外の者は地位によって「九千歳」「八千歳」から「千歳」まで数字を減少させていたのですが、時間の経過と地域の拡大によって規制が効かなくなり、やがては調子が良い「万歳」が一般的に用いられるようになったようです。
ところが日本では宮中の儀礼として「千秋万歳」を唱える風習はあっても集団で「万歳」を叫ぶ作法はなく、この時の堵列(とれつ)に動員された学生から「これまでのように黙って頭を下げていては祝意を表することができない」と疑問の声が起こり、教授を巻き込んだ侃侃諤々の議論が始まったのだそうです。確かに東アジアだけでなくヨーロッパでもロシアの「ウラー」、イタリアの「ヴィヴァ」、フランスの「ビバ」、ドイツの「ハイル」、イギリスの「セーブ・オブ・キング(女王の時はクイーン)」のように皇帝・国王・元首の威厳を賛美する歓呼の発声は行われていて、西洋直輸入の教育を受けていた学生たちはこちらを模倣しようとした可能性もあります。
この議論は文部省が知るところになり、「奉賀(ほうが)」と言う案を示したのですが実際に歓呼してみると大人数では何を叫んでいるのかハッキリせず不採用になり、結局、東京帝国大学の教授が提案した「万歳・万歳・万々歳」が採用されたのでした。ところが今度は「万歳」の読みを呉音の「マンザイ」漢音の「バンゼー」のどちらにするかが問題になり、最終的に漢呉折衷の「バンザイ」に決まりました。
しかし、本番では最初の「万歳」に馬が驚いてクールベット(後ろ足で跳ね立つ動作)したため2度目は音量を下げ、3回目は黙ってしまったそうです。
余談ながら1990年代の後半に万歳三唱の作法を定めた明治12年の「太政官告示第168号・万歳三唱令」なる公文書の存在が取り沙汰されましたが完全な虚構です。
補足すれば挙げる両手は真っ直ぐ伸ばし、掌は向い合せにするのが常識としての作法で(特別に決まりはない)、前に向けるのは降伏する時の動作(何も持っていないことを示す)になります。
ところで最近は選挙の当選祝賀などで万歳三唱を受けている時、候補者は頭を下げずに一緒に両手を挙げるようになっていますが、「支援に感謝する=勝利は支援者の力」と言う日本的な謙譲の美意識には適いません。
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  1. 2019/02/11(月) 09:20:05|
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