FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

2月13日・東條由布子=岩根淑枝が死んだ。

2013年の明日2月13日に東條由布子なる偽名でマスコミに登場して支離滅裂な発言を繰り返しながら東京裁判を全面的に否定してA級戦犯の名誉回復を訴えている政治団体に利用されていた岩根淑枝さんが死にました。73歳でした。
岩根=東條さんは実際にA級戦犯の筆頭・東條英機首相の長男の娘=孫なので経歴詐称ではないのですが、実父と東條首相は近親憎悪の関係にあり、軍人になることを拒否して満洲国政府の官吏(最終的には鴨緑江ダムの発電所の職員)になった時には関東軍参謀長だった東條首相が「自分のコネで就職した」と思われることを嫌って早期免職に追い込むか、永久に昇進・昇給させずに嫌気がさして退職するよう仕向けたそうです。このため東條首相がA級戦犯として巣鴨プリズンに収監されている時、死刑判決を覚悟して面会を求めても「何を未練がましいことを言うか」と一蹴し、訣別の言葉を交わすこともなかったのです(野僧も同様に親とは絶縁しているので理解できます)。したがって朝鮮半島で生まれた岩根=東條さんは祖父に会ったことは殆どなく人物像を語るような記憶はないはずです。
また岩根=東條さんが言論活動を始める際、夫の親族から「A級戦犯を擁護するような主張をするのなら岩根姓を名乗ることは許さん」と厳命されたため東條由布子と言う偽名を用いたのです。ところが東條家からも絶縁していた不孝者の長男の娘である岩根さんが東條姓を名乗り、敗戦時に6歳だった本人が東條首相の人間性を知るはずがないにも関わらず親族の立場でマスコミに登場することを厳しく非難されていたようです。ちなみに東條首相の2男は三菱重工の技師で堀越二郎さんと共に零式艦上戦闘機の開発に携わり(宮崎アニメ「風立ちぬ」には本庄の名前で登場している)、3男は敗戦時には陸軍士官学校の学生で敗戦後は航空自衛隊に入隊して第3高射群司令などを務めています。
岩根=東條さんがマスコミに登場した頃にはまだ戦争を体験している人たちが現役だったため東京裁判の否定やA級戦犯の復権を表立って主張しませんでしたが、A級戦犯や自分の祖父の罪を「敗戦」に限定し、東京裁判も敗戦国に課された刑罰であったと述べて遠回しに批判していました。そうして補足するように東條首相の素顔を訊かれると「連隊長の頃、入営して来る新兵を全員、顔から家庭、経歴まで覚えていて、営門で出迎えても必ず氏名で呼び、家族の心配までした」「大陸へ行った時、兵員の防寒用具が不足していることを知り、私費で毛布を大量に購入して配布した」などの美談を披歴したのです。
しかし、東條英機首相の罪は英才だった父親に対する劣等感から人一倍狭量で陰湿、異常に猜疑心が強い人間性に合わない大将・首相の座に昇ってしまったことであり、戦略的視野が欠落した政治判断で第2次世界大戦に参戦し、その後も場当たり的な戦争指導で敗戦と言う結果を招いたことだけではなく、陸軍大臣時代に告示した「戦陣訓」によって降伏・投降が許されずに多くの将兵を無駄死にさせ、何よりも同類の安藤紀三郎中将を内務大臣にして特高警察による思想統制とマスコミや自治体を使った世論誘導を徹底することで日本を戦争賛美に塗り固め、「戦争を終わらせる」希望さえ許されない暗黒社会を作ったことです。東條首相の名誉が回復される機会は永遠にないでしょう。
スポンサーサイト



  1. 2019/02/12(火) 09:31:09|
  2. 日記(暦)
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<振り向けばイエスタディ1462 | ホーム | 振り向けばイエスタディ1461>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/5192-3f53824b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)