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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1463 (かなり実話です)

「森田士長を連れてきました」松山3佐が着任して最初の仕事は北部方面総監の指示による曹侯補士の切り捨て問題だ。2小隊長が森田曹侯補士を中隊長室に連れてきた。
松山3佐は内線電話で中隊先任陸曹を呼んだ。立って呼びに行っても数メートル歩いてドアを2つ開けるだけ。2小隊長に行かせてもすむ話だが電話を使うところが松山3佐らしい。
「お呼びでしょうか」「うん、2小隊長と一緒に森田士長と面接をするから立ち合ってくれ」「それではやり掛けの仕事を片づけてきます。3分下さい」どうやら先任陸曹には事前に根回ししていなかったようだ。本当に3分で先任陸曹は戻ってきた。
「森田士長、今日呼ばれた理由は判るか」松山3佐は唐突に本題を質問した。これには2小隊長と先任陸曹は困惑した顔を見合わせた。しかし、森田士長は顔を向けて冷静に答えた。
「はい、曹侯補士はもう3曹になれないと言うことですね」この答えを聞いてソファーの正面の席の松山3佐は無表情に小さくうなずいた。2小隊長は斜め前から森田士長を観察したが目が赤い。やはり眠られない夜を過ごしてきたようだ。
「北部方面総監が陸士よりも陸曹の人数が多いことを問題視して曹侯補士を排除しようとしたんだ。調べてみると北方(北部方面隊)では生徒から防大に進んだ総監が2代続けいている。これは現在の総監の独断と言うよりも申し送りの可能性が高いな」「中隊長、森田士長に聞かせるような話ではないのでは」松山3佐の具体的な説明を2小隊長が制止した。目の前で先任陸曹もうなずいている。それでも森田士長は表情を変えずに松山3佐を見返していた。
「これは森田士長の人生に関わる問題なんだ。だから発端から結論に至る経緯を全て知る権利がある。それを知った上でなければ最終的な判断を導き出すことはできないだろう」「はい、有り難うございます」森田士長は座ったまま姿勢を正すと腰に手を当てて頭を下げた。
「今後については僕なりに考えてみた」意表を突いた話の展開に2小隊長と先任陸曹は身体を固くして生唾を呑んだ。天野1尉から説明を受けた時、立ち合った者は誰も森田士長をどのように説得するかを思い悩んだだけで対抗策などに想いは至らなかった。
「どうやら西方(西部方面隊)も同様の不当人事を行うつもりらしい。今の西方の総監は防大の20期だから先代の総監の1期後輩、今の総監の1期先輩に当たる。この2人に籠絡されたと見るべきだろう」これも本来は陸士に聞かせるような話ではない。それでも森田士長は姿勢を正したままだ。森田士長は会ったばかりの松山3佐を信頼し始めているようだ。
「そこで対策だが」ここで松山3佐は少し間を置いた。2小隊長と先任陸曹は鼻で息を吸って止め、森田士長は生唾を呑み込んだ。
「森田士長を西方以外の他の方面隊に転属させてそこで陸曹になってもらう」この案に3人は感服したような顔をしたが松山3佐は無表情だ。何か問題があるらしい。
「しかし、陸士、陸曹の転属は交代要員を確保しなければ進めることができない。しかも同程度の階級の人間が前提だ。森田士長は曹侯補士の4年目でバイアスロンの有望株だ。これだけなら欲しがる部隊は幾らでもあるはずだが交代要員となると難しくなる」2小隊長と先任陸曹は感服の反動の落胆が大き過ぎて「ガクッ」とうなだれてしまった。
「4年目は新隊員なら任期満了退職するか陸曹候補生に入校している時期で移動の対象にはなりにくい。転属前、青森の連隊の士長に声をかけてみたが駄目だった。何よりも名寄の環境と訓練の厳しさを知らない者はいないから北方内の移動なら兎も角、他の方面隊から希望する者は滅多にいないんだ」「はい、判ります」森田士長はここでも感情を交えずにうなずいた。
「そうなると依願退職を拒否してここに居座り、滋賀徳次郎陸将が転属するか退職するのを待つつ長期持久戦しかない」「しかし、それでは中隊長のお立場が・・・」この提案は先任陸曹が制止した。方面総監の指示を連隊長が伝達すれば現場の人間は黙って従うしかない。それは対象者を説得して依願退職に応じさせることだ。ところが松山3佐は自ら指示に背くことをそそのかしている。東京6大学を卒業して陸上自衛隊に入隊した松山3佐は間違いなくエリートのはずだ。それが3度も中隊長としてタライ回しにされているのはこのような自衛隊の常識を逸脱した言動が原因なのかも知れない。
「一応、父に相談しても良いですか」話に区切りがついたところで森田士長が確認した。森田士長の父親は航空自衛隊の幹部で芦屋基地にある第3術科学校警備課程の課長だったはずだ。
「それは待ってくれ」「構わん。局線なら電話代を気にせずに話せるだろう。必要なら休暇を与えるから帰省してジックリ話し合ってこい」ここでも松山3佐は自衛隊の常識を逸脱、と言うよりも放棄した。問題化する恐れがある事案は努めて部内に留め、関与する者を極限するのが常識だ。この時、3人の中で松山3佐の真価を理解したのは森田士長だけだった。
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  1. 2019/02/14(木) 09:51:24|
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