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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1466

島田元准尉は隊友会の所用で大垣市に行ったついでに初めて韓国陸軍の李少佐に会った松念院を訪ねてみた。先ず墓苑に向かい岡倉家の墓を確認する。石塔の側面に刻まれている戒名を携帯電話のカメラ機能で撮影した。
「この賢の字が入っているのが高浦賢一郎の戒名だな。隣りが奥さんか・・・命日が同じじゃあないか」最近は石塔とは別に石板の墓碑を作る家も増えているが、岡倉家は旧家らしく周囲よりも高く大きな墓石のため戒名と没年月日が側面に刻まれている、それを見ると最後の2人の年月日は同じ、つまり一緒に亡くなったようだ。
「これでは事故か何かで一緒に亡くなったことになるな。図書館でこの日付の翌日の新聞を閲覧すれば何か手掛かりが見つかるかも知れんな」これは今の仕事には全く関係がない。地方連絡部時代の業務には情報機関的な要素があったがそれは幹部の受け持ちだった。
「それにしてもあの一流企業の管理職の息子が防大に入るとは思えんし・・・命日から言えば大学在学中に両親が死んで卒業後に部外で入隊したってところかな」所詮は素人が演じる実話版推理小説の調査の場面に過ぎない。推理は地連時代の経験だけを根拠に展開させていく。ところがそれが正解なのを島田元准尉が知る術がない。
「さてご住職のお会いして伺う話は・・・」ここで島田元准尉は見ず知らずの岡倉家の内情に興味本位で立ち入ったことを詫びる気持ちを込めて墓に向かって合掌し、深く頭を下げた。
「ごめん下さい」禅宗寺院である松念院の玄関は名前を忘れた小倉の寺と同じように本堂と庫裏の渡り廊下にある。引き戸を開けて庫裏の方向に大き目に声をかけた。
「どーれー」奥の方から聞き覚えがある声の返事が聞こえ、何度も襖を開ける音が近づいてくる。やがて渡り廊下の板戸が開けられ、中から隊友会の会員の四十九日法要を勤めた副住職が出てきた。とは言え会ったのは1回だけなので面識はないに等しい。
「お久しぶりです。私は可児市の島田と申します。以前、こちらの檀家の今井さんの四十九日法要と納骨でお邪魔しました」「ああ自衛隊さんですか。ご無沙汰しています」島田元准尉と同世代に見える副住職の記憶力は十分に機能しているようだ。
「実はあの時、副住職さまから・・・」「今は住職になりました」副住職は言葉を遮って現状を説明した。坊主にとって住職と副住職の違いは大きいのかも知れない。
「それでは先代のご住職は」「2月前に遷化(せんげ)しました」島田元准尉は「遷化」と言う業界用語は知らないが質問に対する回答としては「逝去」と解釈するしかない。
「そうですか、遷化されましたか」「父に何か」島田元准尉の落胆した様子に今の住職は怪訝そうに顔を覗き込んだ。確かに先ほどまでは冴えわたる推理に高校時代に愛読していたシャーロック・ホームスになったような気分だったがいきなり頓挫してしまった。
「ご住職からお話が出た岡倉さんの息子さんのことでお訊きしたいことがあったんですが」「岡倉の信一郎ですか」今回も今の住職は少し斜めに構えたような言い方をする。これは明らかに腹に一物を抱えている者の態度だ。
「私で判る範囲ならお答えしますよ」「それではお願いします」島田元准尉の答えに今の住職は渡り廊下の奥の襖を開けて座卓に迎え合わせに座布団が敷いてある狭い面談室に案内した。
「岡倉の信一郎は子供の頃からウチに入りびたりで先代も可愛がっていて実の祖父と孫のようでした」今の住職は電気ポットのお湯で茶をいれながら説明を始めた。本当はこのような生い立ちは必要ないのだが話の腰を折ると口が重くなりそうなので黙って拝聴することにする。
「そのうち坊主になりたいと言い出して先代もその気になって子坊主にしていました」以前、ある坊主から「寺に生まれたばかりに他の職業を考えることも許されずに坊主になった者から見ると在家から出家する奴らは許せない」との偽らざる本音を聞いたことがある。今の住職も岡倉少年に同様の敵愾心と嫉妬を抱いていたのかも知れない。
「ところが大学2年の冬に両親が交通事故死して一人っ子だったから天涯孤独の身になってしまったんです。私立大学の高い学費は保険金で何とかして卒業しましたが、何故か陸上自衛隊に入ってしまったんです。先代は元軍人でしたからそちらの影響を受けたのかも知れませんな」これで図書館に行って調べる手間が省けた。しかし、墓石にあった命日の年次から逆算すると岡倉信一郎なる幹部自衛官はモリヤ佳織1佐と同期と言うことになる。
「ところが突然に所在不明、音信不通になったところに韓国軍の嫁が訪ねてきた。こちらとしては訳が判りません。自衛隊には何か秘密の仕事があるんですか」それはモリヤ1佐が「立ち入るな」と言っていた危険領域だ。島田元准尉も自分が人生の大半を過ごし、息子も奉職させた組織に対する疑念を払拭したいだけで命は惜しい。
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  1. 2019/02/17(日) 10:56:22|
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