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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1467

「小隊長は岡倉信一郎と言う同期をご存知ですよね」島田元准尉は好奇心で始めた謎の幹部自衛官の探究の仕上げとして同期であることが判明したモリヤ佳織1佐に電話してみた。モリヤ1佐には松念院で初めて岡倉の妻である韓国陸軍の李少佐と会った頃にも同様の質問をして「立ち入るな」と釘を刺されたことがある。
「先任はまだ岡倉くんのことを調べているんですか」「いいえ、彼に関する情報が私のところへ集って来るんで少し気になっているだけです」この説明に嘘はないが信じてもらえそうもない。
「自衛隊の資料では岡倉信一郎の名前は幹部候補生学校の同期にはないはずです。だから存在しません」この回答は新任の3尉の頃から打てば響いていたモリヤ1佐にしては歯切れが悪い。
「判りました。単なる噂話で小耳に挟んだけのことですから気にしないで下さい」「先任の家の電話の通信保全は大丈夫ですか」電話を切ろうと思った時、モリヤ1佐が思い掛けないことを確認してきた。要するに「盗聴などを受けていないか」と言う意味らしい。
「元プロとしては問題ないと思っていますが」「それでは10分後にこちらから電話しますから確実に先任が出て下さい」「はい、判りました」ここで一度電話を切った。
「もしもし、島田ですが」「モリヤです」ストップ・ウォッチで計ったように10分後に電話がかかってきた。モリヤ1佐はその間に何らかの方法で電話回線の保全状態を確認したのかも知れない。陸上自衛隊通信学校の副校長と言う立場であれば通信機材を納入している企業や通信サービスを委託している事業所などのそれを可能にする人脈を有していても不思議はない。
「先任の性格から言って気になることは探究しなければいられないはずです。でもこの件だけは立ち入ってはいけないんです」島田元准尉の受話器を握っている手が少し汗ばんできた。
「先任は警察予備隊に入隊してから陸上自衛隊で定年を迎えるまで正規の組織で勤務されてきました。しかし、防衛と言う任務の本質は戦争であって用いる手段は表舞台で正規の役者が演じる場面だけではすまないんです」モリヤ1佐が言いたいことは島田元准尉にも理解できる。しかし、それが現実であるとは到底信じられない。
「私は海外駐在の勤務を経験したから国際社会での情報戦の実情は目の当たりにしましたが、同じ舞台に立つ日本の自衛隊だけが目を閉じて耳を塞ぐことが許されないことは理解できますか」「おっしゃることは理解できない訳ではないんですが、自衛隊と言う国家機関は人事にしても予算にしても厳格に管理されていて不正規の組織が存在できる余地はないでしょう。ましてや自衛隊には常に反対派の監視の目が注がれていますから外国軍のようにはいかないはずです」この反論が島田元准尉を含め一般の隊員たちが自衛隊の諜報活動を架空の物語にして真面目に考える者を嘲笑している理由だ。するとモリヤ1佐は声を落として重くした。
「だから別の人格になって裏舞台で独り芝居を演じている同僚たちを白日に晒すようなことは許されないんです。これ以上の深入りは身を滅ぼすことになりますよ。愛する奥さまを哀しませるようなことは止めて下さい」最後は脅迫だ。島田元准尉としては法治国家・日本の国家機関である自衛隊が超法規的活動を行っているとは信じ難いが、3尉時代から人間性を熟知しているモリヤ1佐のある意味では危険な説明を受け入れることにした。何よりも興味本位で私的な探偵ごっこであり、危険を冒してまで継続する理由は全くないのだ。
「あッ、盗聴が入った。これで失礼します」モリヤ1佐は最終結論を聞く前に一方的に電話を切った。やはりモリヤ1佐の官舎の電話には特殊な通信保全の装置が設置されているようだ。
「貴方は岡倉くんのことに詳しいんでしょう」今回は私が久里浜へ行く番だった。官舎に到着すると夕食の支度をしながら佳織が唐突に訊いてきた。
「岡倉は君の作戦参謀だったんだからそっちの方が詳しいだろう」「うん、そうだったね」佳織は前川原の幹部候補生学校で当時は妻帯者だった私を攻略するための作戦を岡倉の助言で立案し、応援を受けて遂行したと聞いている。その意味では恩人ではある。
「島田先任が岡倉くんのことに興味を持っているらしいだけど何か接点があるのかな」私が着替え終って座卓についたところに料理を運んできた佳織が話を続けた。
「確か岡倉は父親が小倉の出身だって言っていたぞ。そう言えば岐阜地連から入隊してたじゃあないか。これで接点は2つある」「そうかァ、先任は小倉出身で岐阜在住だから岡倉くんの知人や友人に会っても不思議はないわね」これで話に区切りはついたが2人共通の同期である岡倉には格別な思いがある。あの有能な人材が突如として組織を去り、その痕跡さえも抹消されている特別な処置には私たちが立ち入ることができない事実があるはずだ。
「彼のことだから私たちの想像が及ばないような仕事をしているんでしょう」「うん、間違いない。殺しても死ぬような玉じゃあないからな」食前の合掌は岡倉の「武運長久」祈願になった。
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  1. 2019/02/18(月) 09:25:57|
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