FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

2月19日・イージス護衛艦・あたごと清徳丸の衝突事故

2008年の2月19日午前4時7分頃に舞鶴基地所属のイージス護衛艦・あたごと新勝浦漁業所属の漁船・清徳丸が房総半島沖の太平洋で衝突して沈没、漁師の父子が死亡する事故が発生し、衝突前に交代した当直士官である航海長と水雷長が刑事被告人として裁判にかけられました。
この時、あたごはハワイ沖でのイージス・システムの装備認定試験を終えて横須賀基地に寄港する途中、清徳丸は三宅島北方海域で漁を行う予定で航行中に衝突したのです
事故発生直後からマスコミは「原因は海上自衛隊側にある」とする断定的な報道を開始し、死亡した漁師父子の遺族の悲しみや漁協の仲間たちの怒りを大々的に報じながら海上自衛隊側の過失と喧伝できる材料を見つけるとそれを根拠に世論を感情的に扇動しました。
そうして激化した世論をマスコミでの人気だけを拠り所に首相の座を目指している石波茂防衛大臣に突きつけて謝罪させると「防衛省が過失・責任を認めた」とする一方的な報道を展開し始めたのです。この手法は昭和63(1988)年7月23日に発生した潜水艦・なだしおと遊漁船・第1富士丸の衝突事故の模倣で、東山収一郎海上幕僚長が「事故原因が不明な段階では謝罪はしない」と拒否していたにも関わらず世論におもねる瓦力防衛庁長官が全面的に謝罪した結果、「船長以下の乗組員は乗客の避難を放棄して救命ボートに乗り込んだ」「遊漁船が乗客の要求に応えて接近した」と言う事実が発覚しても海難審判は全面的に潜水艦側の過失とする裁定を下しています。結局、石破防衛大臣は防衛問題に精通しているかのように紹介されていますが、それはあくまでも航空機や護衛艦、戦車などのマニアに過ぎず、自民党の防衛族がいざとなれば平気で自衛隊を売る連中であることを隊員たちに刻み込んだ悪しき教訓さえも学習していないことが判明しました。
この事故の報道ではなだしおの時と同じく「2隻以上の船が交差する場合は相手を右に見る側に回避義務がある」の一点で海上自衛隊を断罪しましたが、基準排水量7700トンのあたごと総重量73トンの清徳丸を同一に扱い「回避義務は観光バス側にあったのだから接近する自転車に衝突した責任は重大」式の非現実的な解説が繰り返されました。
海難審判もその非現実的な論理で海上自衛隊側の全面的な過失とする裁定を下しましたが、それを受けての刑事裁判で事実認定自体の捏造が判明することになったのです。
事故発生時間の現場海域は月齢14=ほぼ満月とは言え暗夜で、小型漁船ではレーダーの探知にも限界がありました。それでもあたごは数隻の漁船の存在を認識しており、相互の位置関係と速度から勘案してこのままの進路を維持して行けば回避できると判断したのです。ところが海難審判の理事官と刑事裁判の検察が提出した航路図は実際の位置よりも清徳丸があたごの進路の前方に向かって接近していたかのように捏造したものでした。さらに清徳丸は大きく波が立つ大型船の後方を通過することを避け、前を横切ろうと無理に転舵したため自爆的に衝突したのです(あくまでも公判上の推定)。
検察側は2011年1月14日の論告求刑で禁固2年を求刑しましたが同年5月11日に無罪判決が下り、2013年6月11日の二審の無罪判決を受けて上告を断念しました。
スポンサーサイト



  1. 2019/02/19(火) 10:41:29|
  2. 日記(暦)
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<振り向けばイエスタディ1469 | ホーム | 振り向けばイエスタディ1468>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/5206-e43d527f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)