FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1470

「続いて弁護側の最終弁論を行います。弁護人、意見陳述をどうぞ」裁判官に指名されて牧野弁護士が立ち上がった。今日の担当が牧野弁護士であることは席順から見ても明らかなのだが取材記者たちは不満そうな顔をしている。どうやら現職自衛官である私が法務省職員の検察官を批判する対決劇を期待していたらしい。
「本件につきましては本来、平成21年1月30日付で確定した横浜地方海難理事所による裁定から論じなければなりませんが職務権限から逸脱しますから控えます」昨日までに最終弁論の内容については十分に協議しているので熟知しているのだが、こうして改めて耳にすると痛烈な初突だ。やはり検察官たちは重苦しい表情で互いに目配せをした。
「先ほど検察官は海上自衛隊の護衛艦・あまごに海上衝突予防法第14条で規定されている回避義務があったと申し立てましたが、それは証拠採用されなかった虚偽の航海図に基づく見解であって、当法廷で裁判官が認定した航海図においては護衛艦・あまごと新勝浦漁協所属の漁船・軽得丸は相互に進路と速度を維持していれば通過できるの位置関係にありました」私であればここで検察側の虚偽の証拠の捏造を指弾して大阪地方検察庁と同様の犯罪行為であることを示唆するのだがその点、牧野弁護士は民事訴訟の専門家だけに控え目だ。
「それは検察側が軽得丸との距離や方位を偽証させようとした僚船の船長の当法廷における証言でも明らかです」ここで牧野弁護士の意見陳述はやや攻撃性を帯びてきた。
「漁船に乗っていた2人が死亡しているためこれはあくまでも当法廷における公式な推定ですが、おそらく大型船の後方を通過するとスクリューによって生じる波で小型船は大きく動揺するため軽得丸は前方を横切ろうとしてあまごに接近してから面舵を切って右に転舵し、自ら艦首に突入したと考えるのが合理的かつ科学的な衝突原因です」最終弁論では検察・弁護双方が意見陳述中の問題点の指摘をしないため内容はさらに厳しくなる。
「確かにあまごの洋上監視は艦橋内から窓ガラス越しに実施していましたが、艦橋内の照明は極限されており、窓ガラスも防曇性(ぼうどんせい)の物を使用しており、同様の双眼鏡を使用していましたから視程距離に大差がないことは証拠採用された検証実験の結果でも明らかです」ここからは検察側が主張したあまごの過失に対する反論になる。先ずはあまごの洋上監視が艦橋内で行われていた問題だ。我々はこれを過失と指摘された時の反論を根拠づけるため実際にあまごを同じ月齢の夜間の洋上に出して軽得丸と同様の照明を点けた小型船を発見できる距離を測定した。境1佐の要請を受けた海上幕僚監部は「あまごを現場海域に回航させて測定する」と言っていたが証拠として提出する時間的事情でこうなった.。それでも証拠採用されている。
「次に被告人・大岩智人と被告人・前潟啓一郎の当直士官交代時の引き継ぎ、自衛隊では申し送りと呼んでいますからこちらを用います。被告人・前潟啓一郎は護衛艦・あまごの航海長であり、複数の漁船の存在と行動を確認した上で被告人・大岩智人に交代しても問題はないと判断して十分な申し送りを実施して交代しています。その内容の適切性については被告人2名の証言に齟齬がないことでも事実と認定されて証拠採用されています。なお被告人・大岩智人は護衛艦・あまごの水雷長であっても航海中は24時間態勢で操艦機能を維持する護衛艦の士官として指揮には熟練しており、専門職の隊員たちとの共同作業ですから通常の航行には何も支障はありません」公判が始まった頃であればこのような反論に漁民たちが興奮して騒ぎ始めたものだが、傍聴を重ねる間に同じ海の男として海上自衛隊側の法令を厳守する艦艇運航を理解し、どちらが正論であるかを判断しているらしい。
「したがって被告人・大岩智人、被告人・前潟啓一郎には本件における原因となる過失はなく、海上衝突予防法第14条の回避義務違反と行会い船の順守事項は無罪、海上衝突予防法第5条の見張り不十分は無罪、海上衝突予防法第7条の衝突のおそれの防止は無罪、海上衝突予防法第8条の衝突を避けるための動作は無罪、そして刑法211条の業務上過失致死は無罪であり・・・以上により被告人・大岩智人並びに被告人・前潟啓一郎は無罪であることを陳述いたします」牧野弁護士は検察官とは違い、あまり間(ま)を空けずに結論を述べた。
「被告人、この場で陳述したいことがあればどうぞ」ここで裁判官は弁護人席の隣りに座っている2人の被告人の顔を見ながら声をかけた。すると前潟3佐が手を上げた。
「前潟被告人」「はい、失礼します」指名を受けた前潟3佐は規律すると自衛隊の教練で方向転換をして10度の敬礼をした。法廷内に靴の踵が鳴る音が響いた。
「検察官は我々に『謙虚になれ』と繰り返しましたが、その言葉をそのままお返しします。我々は事故以来3年間も一瞬の油断も許されない国防の任務から遠ざけられてきました。我々を1日でも早く元の職務に復帰させて下さい」これを聞いて裁判官は深くうなずいた。
スポンサーサイト



  1. 2019/02/21(木) 10:31:45|
  2. 夜の連続小説8
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<左翼映画人・佐藤純弥監督を追悼する。 | ホーム | スイス人俳優・ブルーノ・ガンツさんの逝去を悼む。>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/5210-c2842fcd
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)