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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1472(かなり実話です)

森田謙作曹侯補士は年末年始休暇で3年ぶりに親元へ帰省した。ただし、入隊した頃、父の森田1尉(当時)は小牧基地の管理隊長だったので福岡県の芦屋基地へ行くのは初めてだ。
「謙作、おかえり」福岡空港には両輪が迎えに来ていた。今回は少し早めに休暇をもらった関係で航空券は取れたが、やはり大学の冬休みで帰省する若者たちで混雑している。
「ただいま。ご無沙汰しています」到着ロビーに出ても後ろがつかえるため立ち止って挨拶もできない。父は母を促してロビーの隅の人の流れから外れた場所へ移動した。
「元気そうだな」「少し背が高くなったんじゃあないの」両親は息子の成長を確かめているが息子は「両親が小さくなった」と感じていた。来年は父が48歳、母は44歳になる。
その日は自宅での夕食の後、父と酒を飲みながら今回の問題を話し合った。父には部隊から電話して今回の人事についての説明はしてある。父も中隊長の松山3佐に電話して質疑応答をしたようだ。したがってここからは建前なしの本音で進めていく。
「陸上自衛隊と言う組織は人間が戦力だから、航空自衛隊が航空機やレーダーを大切にするように隊員を守り、器材を使いこなすみたいに鍛えるのかと思っていたが、それは完全な買いかぶりだったようだな」互いにグラスに注ぎ合ったビールで乾杯した後、父から切り出した。父は松山3佐にも同じ台詞を言ったらしい。
「俺は『人は城、人は石垣、人は堀』と言う武田信玄公の家訓は陸上自衛隊にも通じると思っていたよ」そう言って父は1杯目のビールを飲み干すと手酌で2杯目を注ぎ半分飲んだ。
父はバブル景気の末期で究極の募集難だった頃に浜松基地で警備小隊長になり、質が悪い隊員たちを抱えて相当な苦労をしたようだ。だから父は知能や性格傾向などの適性検査で事務的に職種を決める航空自衛隊よりも陸上自衛隊、それも最前線の北部方面隊を勧めたのだ。
「陸上自衛隊では自己判断が規律違反のように扱われるんだ。だから上の人間が間違ったことを命じると幹部たちは黙ってその間違った命令を下にやらせる方法を考えるだけ。それを上級陸曹が受け給わって組織として間違ったことに万全を尽くしている。そんな組織なんだよ」これは今回の件だけでなく以前、安川3曹に対する吾妻1尉の仕打ちを見ていても感じた疑問だ。あの時は吾妻1尉個人の感情に基づく安川3曹に対する執拗な嫌がらせを制止する者は誰もいなかった。むしろそれに反発する者を探し出して吾妻1尉に御注進する陸曹が多かったように思う。そのため吾妻1尉が解任されなければ森田曹侯補士自身も標的になり掛けたのだ。
「航空自衛隊だって大差はないぞ。俺だって空曹時代はA&W(エーシャン・ダブリュー=警戒管制員)だったがお母さんの弟が大学に入って妙な組織に加入したから特防秘(特別防衛秘密取扱者適格性審査)が通らなくなったんだ。だから移警隊(移動警戒隊)で勤務した経験を活かせる輸送幹部になったんだが浜松で不祥事を押さえられない警備小隊長が解任されて交代することになった」この辺りの経緯は森田曹侯補士が小学生の頃なのであまり記憶にない。それでも叔父が大学で共産党の下部組織である民主青年同盟に入って反自衛隊のデモに参加していた話は母の実家に行った時の酒席で聞いたことはある。
「ところが警備小隊を警備戦闘の専門部隊、対テロ部隊にすることに目覚めて研究と訓練に明け暮れたんだが、空幕輸送室は輸送小隊長を経験しなければ管理隊長にはしないと言ってきて八雲の高射隊の管理小隊長になったのはお前も憶えているだろう」父は浜松では60名の小隊員を抱えていたが八雲では12名になった。それが輸送幹部の人事を取り仕切る空幕輸送室が「経験しなければ管理隊長にはしない」と言う輸送幹部配置の小隊長だったのだ。
「貴方、そろそろ焼酎に。謙作は」「うん、俺も焼酎にする」そこで黙って話を聞いていた母が立ち上がって焼酎の5合ビンと大き目のグラスを持って来るとテーブルの上の電気ポットでお湯割りを作って2人の前に置いた。やはり冬場にビールは身体を冷やしてしまう。
「今だから言うが俺は空幕長と決めていた人事計画があったんだ」お湯割りを口にした父は少し安堵した顔になり意外な秘話を語り始めた。それにしても部内出身の3等空佐に過ぎない父が航空幕僚長と直接つながりがあったとは驚きだが真顔なので事実のようだ。
「その幕長は浜松時代の基群(基地業務群)司令だったんだが、俺が進める警備小隊対テロ部隊化訓練に賛同してそれを全空自に普及させる構想を2人で立てていた。先ず俺の職種を警備幹部に変更して1尉になったら在外公館警備官として海外勤務を経験して帰国すれば幕長の下で警備の改革と教育に力を注ぐはずだった」思い掛けない壮大な秘話に森田曹侯補士は父の顔を凝視した。若しそれが実現していれば中学校は海外で過ごすはずだったのだ。
「それでも空幕輸送室は『管理隊長になれば警備小隊も指揮できる』と言って職種変更を認めなかった。それが自衛隊の人事と言うものだ」そう言って父は冷めかけた焼酎を一気飲みした。
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  1. 2019/02/23(土) 09:45:25|
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